心理療法

境界例は拘束を嫌う

内面化のような機制に訴えることはできず、投影的同一視(熊田註;自分が怒ると相手が怒っているように認知すること)のような原始的機制が表に出る患者の治療に、精妙な言語的精神療法はありえない。おそらく、バリントが言ったように、大地や水のように、…

精神的に「落ち着く」ということ

私は心理療法を多少かじっているので、素人カウンセリングの怖さをズブの素人よりはよく知っており、学生に対してもカウンセリングはしません。しかし、学生にセルフヘルプ本を薦めることはあります。セルフヘルプ本がその学生に合っていた場合、「おかげさ…

絵画療法のリスク

最後になったが、私が、これらの方法を三十年以上使い続けながら論文にしなかったのは、固有の怠惰と並んで特に教育界において濫用されることを恐れてのことである。家族にやってみることもすすめられない。医学の用具で危ないのはメスだけではない(中井久…

BPDは「パーソナリティの障害」ではない

前節の概念の歴史に表れているように、この疾患をパーソナリティ障害に位置づけるのは、考え方の一つに過ぎません、特定の精神症状によって診断される一般の精神疾患という見方もまだ有力です。 境界性パーソナリティ障害をパーソナリティ障害と位置づけるに…

「こころのケア」とは何か

もちろん、「こころのケア」が」一般障害者を除外するというのは狭い見方であろう。しかし、「こころのケア」概念を通過した後に新たに見えてきた局面に立たねば意味がないだろう。すなわち―。 第一には、基本的に「こころのケア」概念は予防的であること、…

境界例治療の金銭的負担とセルフヘルプ

境界性パーソナリティ障害は、薬さえ飲めば簡単に治るという病気ではありません。専門医がおこなう治療の中心は、対話をしながら勧めていく精神療法です。 1回50分ほどの面接を週に1回程度継続していき、心のなかにある問題に気づき、それを上手に対処できる…

境界例とアダルトチルドレン運動

境界性パーソナリティ障害の人は、回復のために役立つ情報を真剣に求めています。また、自力で回復することを目指す人も多くいます。このようなセルフヘルプの考え方は、回復にとってきわめて重要です。その理由は、この疾患に、症状や問題行動に対してもっ…

「思春期」が遅れてやってくる人が増えている

思春期は10代という常識が、最近は崩れかけているようです。子どもは、社会的な経験を積みながら自我を確立していきます。ところが近年、少子化で大人たちの管理のもとに育つことが多いことなどから、社会経験不足のまま育ってしまいます。自我が未熟なまま…

「何が原因か」より「どう直すか」が重要

病気の原因のほとんどは、過去にあります。ですから原因を突きとめたところで、時間を巻き戻して、もう一度やり直すわけにはいきません。親を責めるなど、かえって苦しみを増すような言動に向かう可能性もあります。 原因は、知識として心にとどめる程度にし…

BPD患者と母親

「お母さんはわたしを愛してくれなかった」と言うけれど・・・・・・ 《お母さんも「お母さんの道の上」ではあなたのことを愛していたはずです》 「親に愛されていない」と訴える患者さんが多いですが、親に話を聞くと、客観的には愛情がなかったとはいえないケー…

支配したい母ー独占したい子

「苦労」を強調することによって、子どもを「支配」しようとする母親と、(「無関心な父」および)自分の「独占欲」の強さゆえに、そういう母親から精神的に「親離れ」して自立できない子ども、というのは、今でも日本社会でよく見かけるねじれた母子関係で…

境界性パーソナリティ障害への周囲の対応

パーソナリティとは、「外界(周囲)に対する反応のしかた」です。患者さん自身ももちろんつらいのですが、周囲もたいへんつらい思いをします。 患者さんに頼られれば、誰でも、最初は「助けてあげたい」と思うもの。しかし、急に手のひらを返したように暴言…

BPD/ジェンダー/性的逸脱

性的逸脱は女性に多いものの、男性にも見られます。ただ、その心理的背景はかなり異なっています。 男性の場合、根底にあるのは、自分の権力を示したいという支配欲です。女性を肉体的に支配して、自分の優位性を感じて満足します。こうした支配欲が高じると…

アダルトチルドレンという言葉の功罪

アダルトチルドレンという言葉の社会的ブームは、とっくに終わっていますが、この言葉は消えたわけではなく、日本社会に確実にある程度定着していると思います。一見学問的心理学の概念のようだが、通俗心理学の概念であり、さらに、ACの「回復」運動は実は…

境界性パーソナリティ障害の広がり

(前略)前述の社会学者ラッシュは、この流れ(熊田註;カフカの再評価やサルトルらの実存主義の小説の人気)の中でエドワード・オルビー、サミュエル・ベケット、ジャン・ジュネなどの当時の演劇界の前衛作家たちの取り上げた空虚感、孤立、寂しさ、絶望は…

現代精神医学の問題点

島薗 医学の領域では、精神医学のあり方が考える材料になると思います。私も医学へと進んでいればやりたかった分野ですが、精神医学ではこの40年ほどの間に、エビデンスの出るものを研究する方向へどんどん進んできて、薬物療法とか認知行動療法といって、要…

精神療法の陥穽

(前略)「精神療法はなぜ面白いか、それは人間を変えるということが面白いからである」「治療にロマンを求める」という表現で語られるものは、個人的威信の向上よりもさらに患者を手段とする行為である。サリヴァンは「よい精神科医とは日々の糧を得るため…

カウンセリングの陥穽

(前略)実際には、多くの場合、有害な事態を回避するためには、患者に拒絶の権利があることを告げるだけでじゅうぶんであり、さらに、有害な場合は自然にやらなく(やれなく)なることも少なくない。私が絵画を使う理由はさまざまあるが、その一つに、有害…

境界例は拘束を嫌う

おそらく、「この患者は自分がなおそう」と思うのが、一種の医者のヒュブリス(ごうまん)なのであろう。患者は、多くの治療者を遍歴し、そのうちになおっていくことがしばしばある(滝川一廣の指摘)。人体経過を数多く経て細菌が弱毒化するようなものであ…

ヘルパー・セラピー原則

現代の各種自助グループには、「ヘルパー・セラピー原則」という言葉があるそうです。この原則は、簡単にいうと、「援助をする人がもっとも援助をうける」という意味だそうです。 近代の新宗教でいう「人を助けたら我が身助かる」という教えの現代版ですね。

ヒゲを立てたアルコホリックはなぜ回復しやすいか

(前略)患者が奇装したりヒゲを立てたりすることも少なくないが、家族には、これが良徴であることを告げる。「ヒゲをそれ」という周囲の圧力に抗する能力(剃髭圧力抵抗能力)と酒をのまずにいられる能力とは平行するようだ。間違っても母親や妻が剃らせた…

一人でいられる能力/二人でいられる能力

第八は、一人りでいられる能力である。これはウィニコットが唱えて有名になった。私は、これに二人でいられる能力をも付け加えたい。この両方とも境界例には障害がある。二人でいて満足したらあんなに長く二人でいることを要求するまい(中井久夫「精神健康…

BPDは「パーソナリティの障害」ではない

境界性パーソナリティ障害が「パーソナリティの障害」であると誤解されることは、現在でもしばしばあります。そしてそれは、境界性パーソナリティ障害の人やその家族、関係者にとって有害な結果をもたらすことがあります。 (中略) (前略)それゆえ、私た…

「欠落人間」だった椎名林檎

久しぶりに椎名林檎のデビュー・アルバム『無罪モラトリアム』を聴いてみたら、彼女はスリーヴで自分のことを「欠落人間」と称していました。精神分析家・バリントがいうように、「基底欠損」(Basic Fault、精神医学でいう境界例と重なることが多い)の治療…

ボーダーからミニマルな親密性へ

尾崎豊の音楽が、かつてほどには若者に受けなくなったそうです。尾崎豊が体現していたような、先進国病である境界性パーソナリティ障害(BPD、以下「ボーダー」)の問題が、若者の間でもはや当たり前のことになってしまい(アメリカにおける最近の調査では、…

DV問題と境界性パーソナリティ障害

心理学者でブリティッシュ・コロンビア大学の研究者でもあるドン・ダットンは、インタビューの中で、妻や子どもを虐待する男性の約30%が、境界性パーソナリティ障害だろうと言っています。身体的虐待を行う女性が境界性パーソナリティ障害である可能性は、…

境界性パーソナリティ障害の治療

星野 インテンシヴ・サイコセラピーと呼ばれている密度の高い精神療法、心理療法が主に行われています。ベテランの精神科医やセラピストが、患者と治療上の契約関係を結び、時間や日程の計画をたて、じっくり時間をかけて患者の話を聞いていきます。通常は、…

若者と境界性人格障害

星野 いろいろなことがあるでしょうが、とにかく大事なのは自殺しないこと。大きな事故を起こさないで過ごせて、ある程度時間さえたてば、人格の成熟期がかならずきます。その時にはもう病気ではないといってもいいでしょう。病気ではなくてパーソナリティの…

語らざれば憂いなきに似たり

高 (前略)中井先生(熊田註ー中井久夫氏)が、「この仕事(熊田註ー精神科医)をするようになって、僕は人は語らないだけでみんないろいろな苦労をもっていることを知ったから、人を妬んだりしなくなったよ」とおっしゃっていて、人は語らなければ不幸は見…

信頼できる治療者とは

(前略)治療者が日々の糧のためにはたらいている職業人であることが患者にわかるようにするとよい。これは「もっとも信頼できる治療者とは」という問いへのサリヴァンの答えである。「治療にロマンを求める」のは破滅の入り口である。これでは、だいいち、…