境界例は拘束を嫌う

 内面化のような機制に訴えることはできず、投影的同一視(熊田註;自分が怒ると相手が怒っているように認知すること)のような原始的機制が表に出る患者の治療に、精妙な言語的精神療法はありえない。おそらく、バリントが言ったように、大地や水のように、患者に対するのがよいのであろう。地のごとく支え、水のごとく浮かべ、激しい行動化に耐えていると、患者はいつか「再出発」(病い抜け)new beginningを開始する地点に到達するかもしれない。そうはならないかもしれないが、少なくとも害はないであろう。バリントの表現は西欧の人には異質なものに聞こえるかもしれないが、われわれにはよくわかるような気がする(中井久夫「軽症境界例」『世に棲む患者』ちくま学芸文庫、2011年(初出1987年)、p221-222)。


*私も、境界例には、カウンセリングよりセルフヘルプのほうが合うと思います。