ヒゲを立てたアルコホリックはなぜ回復しやすいか
(前略)患者が奇装したりヒゲを立てたりすることも少なくないが、家族には、これが良徴であることを告げる。「ヒゲをそれ」という周囲の圧力に抗する能力(剃髭圧力抵抗能力)と酒をのまずにいられる能力とは平行するようだ。間違っても母親や妻が剃らせたりしないようにいう。これは、端的な「去勢」に近い意味を持ちうる(中井久夫「慢性アルコール中毒症への一接近法(要約)、1982年追記」『世に棲む患者』ちくま学芸文庫、2011年(初出1972年、1982年追記)、pp.129-130)。
(後略)
1982年追記
こう書いてくると、家庭内暴力がアルコール依存症と似ていることに思い至る。(中略)
(前略)異性への思慕は、たとえかなり幻想的であっても、この種の暴力から自己離脱する力を与えるようである。同性間の友情も多少たすけになるだろう。ヒゲを立てたことが転機となったことをも思い出す。息子のオス性にハッと気づいて母子の距離があいて安定したわけだ(同上、pp.132-133)。
*「ヒゲの殿下」の例もありますから、ヒゲを立てたからといって必ずしも回復する訳ではないでしょう。しかし、現在のアディクション・アプローチなら、「ヒゲを立てる」ことは、母親や妻との共依存関係(「愛情という名の支配」関係)から離脱するのに役に立つ、と説明するでしょう。女性患者の場合は、「ヒゲを立てる」代わりに「髪型をガラリと変える」という戦略をとるのかもしれません。