アルコール依存症と「恥」の感覚

 (前略)お願いするのは「恥をかかさないこと」で、「むろん酒飲みへのいろいろな説教はみんな恥をかかせるようになっている。それで治る人もいるだろうけれど、そういう人ならここまで来ていない」と言い、「酒を止めてえらいね」という言葉でも、「どうせ俺はそれぐらしか褒められることのない奴さ」とひがんでしまう、という話をする。また、私も患者が聞きあきたような説教はしないという。実際、それは同じ穴に何度も釘を打つようなもので、だんだん力を強くしないと同じ効果が得られない。強くすると、副作用、反作用が大きくなる。(後略)
(中略)
 入院中、重要なのは、文化祭とか何かの催し物で役につけないことだ。あくまで平(ひら)で参加してもらう。いろいろ気の利いたことができるので、つい使ってしまうが、こうした患者は、外での劣等感を内で威張り人を使うことで代償しようとする。この味を覚えると、治りがぐっと悪くなる。部屋の責任者にすると病棟のボス化したりする。
 その代わり、奇装をしたり、髭を立てたりすることは認める。髭は立てたら剃らないように勧める。これは男性の象徴である。これを簡単に母親や妻の「何よ、むさくるしい」という台詞で剃ってしまうことが多い。こういう去勢的な台詞を家族に禁止しておくことが重要である。実際、ヒゲを立てた患者の予後は一般によい。
 退院の時には、「酒を止めたということを友人にいわないこと」と言う。実は気が付かれるのが意外に遅いことを味わってもらう。他人は、それほど自分に関心を持っているわけではないという現実を体験してもらうことだ。耐えきれなくて言ってしまう人は、どうも予後が悪い。(後略)(中井久夫「対話編「アルコール症」」『世に棲む患者』ちくま学芸文庫、2011年(初出1987年)、pp.116-118)


*「奇装」や「髭」は、近代の男性性に骨がらみになっている「権力欲」ー「名誉」と「恥」の感覚が背後にあるーを、無害な形へと「転位」(displacement)する知恵のひとつなのでしょう。