心理療法と融即律

(前略)因果関係は決して科学法則と同じではない。たいていの科学的事象は統計学的、確率論的である。そしてこの宇宙の基礎をつくっている法則や定数は無根拠すなわち偶然この宇宙に与えられたものである。性急に因果関係を求めない「脱因果的思考」を私が精神療法の好ましい条件に挙げたところ、河合先生は大賛成して下さった。言語は因果論を性急に打ち立てやすい嫌いがある。しかし、その関係づけの多くは短絡的か、部分的である。一般に「単純なものは論弁的discussiveに、複雑なものは表象的にrepresentationalに」(カッシーラーの弟子の女性哲学者キャサリン・ランガー)表現すべきである。河合先生ならずとも、複雑な関係は表象的・一挙提示的に表現される。絵画や箱庭や粘土に眼が向くのは道理である(中井久夫河合隼雄先生の対談集に寄せて」『日時計の影に』みすず書房、2008年(初出2008年)、pp.89-90)。


*精神療法と「融即律」(レヴィ=ブリュル)の関係についてのこの指摘は、中井氏が精神科医になる前は自然科学者(ウィルス学専攻)であっただけに、なおのこと説得的です。