「徴候」の武道としての合気道

 逆に、名ボクサーの試合をみれば、彼はたえず「精妙にゆらいで」いる。このゆらぎなしには、思わぬ方向からの打撃に対処することはできない。さらに、モハメド・アリのビデオを見れば、相手がまだ運動を起こしていないうちに彼はジャブを開始しているとのことである。これはフィード・バックという「時遅れ」回路ではない。彼は徴候あるいは徴候の徴候を認知して、ただちに行動を起こしているのであろう。私は先取り的な「微分回路的認知」が(熊田註;小脳にも関わる)ドパミン系に担われているのではという推論をしたくなる(中井久夫統合失調症の病因研究に関する私見」『隣の病い』ちくま学芸文庫、2010年(初出1994年)、p145)。


合気道の開祖・植芝盛平は、銃弾の「弾道を読めた」そうですが、相手の筋肉や視線を読む「微分回路的認知」が異常に発達していたのでしょう。合気道という武道自体に、「徴候読み取り能力」を鍛える修行という性格が強いのでしょう。ちなみに、植芝は神道新宗教である大本の男性教祖・出口王仁三郎のボディーガードを務めていたことがあり、自身宗教的神秘体験を経験していました。植芝は「統合失調症親和者」のひとりで、信仰生活によって発症を食い止めていたという可能性があります。