「病い抜け」ということ

 過去の病いは、しばしば、暗いトンネルを通りすぎてきた感じだ。あのころはおかしかった、なんだかSFの世界みたいなところだったという表現をとる。治るとは、前よりも、たとえ見栄えはしなくても、安定した状態に近づくことであると私は患者に語る。そして、「病い抜け」という表現を使って、「治る」という表現をあまりつかわないのは、「治る」が病いとの最後の橋を切り落としたような感覚があるからでもあり、また発病前に戻るという含みを持つからでもある。「治った」というのは、ずっと後になってから気づくことだと患者はいう。それが自然なのであろう。薬物で維持する「治癒」もあり、その場合には薬物を私は「保健をかけている」といっている。病気とそうでない状態とは必ずしも一線が引けるとは限らない。私は統合失調症を治癒しにくい病気ではなく、治癒を妨げる要因の多い病気だと思っている(中井久夫統合失調症の有為転変」『統合失調症の有為転変』みすず書房、2013年(初出2011年)、p18)。


*「病い抜け」とは、卓抜な表現だと思います。