「あせり」と「ゆとり」

(前略)しばしばそれは洞察が起こりうる前提であり、安心して洞察を受容する、洞察の容器である。“病識”は、「自分がかつてはクレージーであったことを受け容れうるほどの余裕感」に支えられなければ、しばしば不毛どころか破壊的でありうる(中井久夫統合失調症患者における『焦慮』と『余裕』」『「伝える」ことと「伝わる」こと』ちくま学芸文庫、2012年(初出1976年)、p93)。