前青春期の同性同年輩関係

 かつて、大学生のアパシーを論じた先駆的著作(1977年)において、精神科医の笠原嘉は、青年の対人恐怖症を分析して、サリヴァンの、人間の精神的成長にとっての前青春期における「同性同年輩者関係」の重要性を強調した考察を紹介しました。笠原嘉は、現在(2011年時点)では、「現代ではもはや『青春』や『成長』の概念が意味を失ったのかもしれない」とかつての主張をトーンダウンさせています。しかし同時に、「翻ってわれわれの診察室を今一度みると、社会に参画しないまま四十代に及んだ退却症(熊田註;いわゆる「ひきこもり」)の男性の幼さ・純粋さに比して、長年うつ状態を悩みながらこれを克服した成年女子にはそれなりの成長があるようにみえる。精神医学的治療にはそういう“魔力”(?)があると信じたい。それとも今日それは精神科医ナルシシズムにすぎないのだろうか」(2011年)と、今なお『青春』や『成長』の概念を完全に放棄することはできない、とも断っています。また、不登校・ひきこもり問題について、徹底した「ひきこもり」擁護の論陣を張る精神科医高岡健は、「友だちはたくさんいるほうがよいという現代の時代風潮は間違いであって、理解してくれる友だちがひとりいれば人は生きていける」(2011年)と主張します。しかし、裏を返せばその主張は、「理解してくれる友だちがひとりはいないと、人は生きていけない」ということです。サリヴァンの、人間の『成長』にとっての「前青年期における同性同年輩者関係」の重要性についての古典的考察は、今でも有意義な議論だと思います。