向精神薬について

 今、私が精神医学を学びはじめるとすれば、どうするだろうか。マニュアル類を使うと同時に、薬の個性、患者の個性をつかむのに努力するだろう。
 個性をつかむにはどうすればよいか。重要なのは患者と医者の間のフィードバックである。(中略)頻繁なフィードバックによって、治療を患者との共同参加、共同実験にするわけである。こうすれば、患者との関係も悪くなり方が少なく、医療訴訟になることも少なくなるだろう。海外の薬物療法をめぐる議論には、どうしてこの視点が出てこないのか。
 脳の生理学が急速に進んでいるが、こんな複雑なものに対しては、今の向精神薬といえども、薬を暗い穴に放り込んでいる感があるのは、私の駆け出し時代(熊田註;約四〇年前)と変わらないのではないか。患者とのフィードバックを密にして「実験精神」を共有することに私は長いトンネルの先の一条の光をみる(中井久夫「最近の精神医学に思う」『日時計の影』みすず書房、2008年(初出2006年)、pp.154-155)。


*バランス感覚に優れた意見だと思います。