うつ病と「数値の力」

神田橋 僕は、数値が力を持ったことがうつ病増加の主要原因だと思っているの。数値は情緒を扱いにくいからね。イチローが、200本安打だとか打率何位だという話をされるとあまり楽しそうでない顔をしてますよね。あくまで数値目標だからね。同じように、evidence-bacedで治療が行われるようになって、治療者の意欲、意気込みというものが低下したと思うんです。
 それと、ディスチミア親和性(熊田註;ディスチミア(親和)型うつ病:10歳代後半から30歳代の比較的若い層に見られる新しいタイプのうつ病で、型にはまることを苦痛に感じ、やる気がなく他人を非難する。自分から「うつ病である」と訴え、休職と復職を繰り返す。上司や仲間との関係、会社のルールやノルマなどに問題が生じ、不適応状態やうつ状態を示す。一方、中高年に多く見られる、まじめで几帳面で責任感の強い人で見られるうつ病をメランコリー(親和)型うつ病という(p95))の人というのは、受験競争の落ちこぼれのような感じの人が多いのね。「偏差値が上がらなかった」と。数値によって自分の人生が決定されたかのような認識を持っている人が多いですね。いま街をふらついている人の中にも、小・中学校時代は優秀だった人がいますよ。その当時は優秀だったから数値との親和性がよかったんだろうけど、やがて数値の方がだんだん自分を満たしてくれなくなった。一方、数値目標社会の勝ち組に入った人でも、実はあまい楽しくないという状況に置かれている人だって決して少なくない。それはみんなロマンがないんですね。数値はロマンを担えないんだ(同上、pp.180-181)。


社会学的にいえば、「計算合理性」(ホルクハイマー&アドルノ)の過度の跋扈が、「コミュニケーション的合理性」(ハーバーマス)を追い詰めている事態が、うつ病を増加させている大きな原因になっているということでしょう。