光市母子殺害被告と「危険な母子関係」

 鷲田清一さんは、『〈じぶん〉ーこの不思議な存在』(講談社現代新書、1996年)で、R.D.レインの”他者の他者としての自分”というテーマに触れています。


次の4つの母子関係について、「どれがいちばん危険な関係か?」
 1.彼は母親に駆け寄り、彼女にしっかり抱きつく。
  彼女は彼を抱き返していう。〈お前はお母ちゃんがすき?〉。
  そして彼は彼女をもう一度抱きしめる。
 2.彼は学校を駆け出す。
  お母さんは彼を抱きしめようと腕をひらくが、彼は少し離れて立っている。
  彼女はいう〈お前はお母さんが好きでないの?〉。
  彼はいう〈うん〉。
  〈そう、いいわ、おうちへ帰りましょう〉。
 3.彼は学校を駆け出す。
  母親は彼を抱きしめようと腕をひらく。が、彼は近寄らない。
  彼女はいう〈お前はお母さんが好きでないの?〉。
  彼はいう〈うん〉。
  彼女は彼に平手打ちを一発くわせていう〈生意気いうんじゃないよ〉。
 4.彼は学校を駆け出す。
  母親は彼を抱きしめようと腕をひらく。が、彼は少し離れて近寄らない。
  彼女はいう〈お前はお母さんが好きでないの?〉。
  彼はいう〈うん〉。
  彼女はいう〈だけどお母さんはお前がお母さんを好きなんだってこと、
  わかっているわ〉。
  そして、彼をしっかり抱きしめる。


 鷲田さんは、この4の意味を、レインの論をもとに、「あなたはじぶんがそのように感じていると考えるかもしれないが、あなたはほんとうはそのように感じているのではないことをわたしは知っている」というメッセージでは、《他者の他者》としてのじぶんは、その存在を認められていない、だからこの関係は危険だ、と説明します(同上、pp115-118)。
 光市母子殺害事件の被告が子ども時代にもっていた母子関係は、4のパターンだったのではないでしょうか。