2013-08-21から1日間の記事一覧

日本における「ひきこもり」の位置づけ

今日、わが国のために弁ずる者は、わが国の犯罪率の低さを挙げる。たしかにその通りであろう。しかし、一方、わが国の精神病院入院者数が自由世界最大であるらしいことも挙げねば不公平というものだろう( 中井久夫「ある教育の帰結」『「思春期を考える』こ…

天理教とひきこもり

だから、「ひきこもり」というのは、一端入ると、3年を超えるとなかなか出にくくなっていく。出るパワーがだんだん消えていく、そういうところはあるように思いました。 この地球に60億人という人がいる。あるいは60数億いるわけです。だけど、その子がひき…

対人恐怖症者と「羞恥」

だが中等以上の対人恐怖症者となると、ひとりでにそんな反転がおこることを期待してもまず無理だし、また期待すべきではないだろう。仮に彼らが対人恐怖症的苦悩から解放されても内向的内省的羞恥性から全く自由になるとは考えにくい。その場合、われわれ成…

天理教とひきこもり問題

1.ひきこもりのかたち 2.ひきこもりの気持ち 3.本人への理解、親への理解 4.“心の温暖化”へ 5.責める言葉は命の種火 6.親の人間力と心の成人 7.尊敬心と感謝の心 (佐藤勇吉「命あることを喜び小さな幸せをみつける」『みちのともー特集・青少…