大相撲人気の凋落ー「強者の意地」について

 プロ・スポーツは、覇権的男性性(「男の中の男」のイメージ)を再生産するための有力な装置です。日本の「国技」である大相撲の世界では、「強者」が「意地」を張ることが要求されます。大相撲の世界は、「番付一枚違えば地獄」という、「場」(所属部屋)と「序列」(番付)によって選手の評価が決まる典型的な「タテ社会」(中根千枝)ですが、そこでは、横綱大関は「格下」の力士に対して、先輩は後輩に対して、「意地」を見せることが要求されています。中井久夫が指摘するように、本来、「意地」は「無冠の弱者にのみ許される」ものです(中井・佐竹(編)「『意地』の心理」創元社、1987年)。だから、スポ根マンガ「あしたのジョー」は、大衆文化の不滅の名作なのです。それに対して、「強者」にも「意地」を要求するところが、近代日本の覇権的男性性の一大特徴です(拙著「男らしさという病?」風媒社、2005年参照)。
 2001年5月場所で、「平成の大横綱貴乃花が、重いケガをおして武蔵丸との優勝決定戦に出場し、勝って小泉首相(当時)に、「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」と絶賛されたのはいいが、ケガを決定的に悪化させて、その後引退に追い込まれたのはまだ記憶に新しいところです。合理的に考えれば、貴乃花は優勝決定戦を欠場して、その代わりに大横綱としての地位を保ち続けるべきだったのでしょう。しかし、宮本武蔵の「五輪書」を愛読書としていた貴乃花は「綱の意地」を見せ、「歴史上最も尊敬する人物は、忠臣蔵大石内蔵助」という小泉元首相はそれを絶賛しました。
 しかし、中央世論社の「人気スポーツ調査」では、大相撲人気は、1995年(若貴ブームの時代)の50%強(第1位)をピークに、急落していきます。

http://www.crs.or.jp/53621.htm

 2007年の調査では、1位「野球」64・1%、2位「サッカー」11・1%に次ぐ3位、わずか6・4%の支持で、4位の「スキー・スケート」4・9%にもはや3位の座すら脅かされています。

http://www.crs.or.jp/pdf/sports07.pdf

 さらに、回答者の属性を見ると、相撲人気は「60才以上の男性」の40・4%という高い支持に支えられてかろうじて存続しているのであって、「50才以下」ではもう全く人気がありません。
 もちろん、「大相撲人気の凋落」には、サッカー人気の台頭、日本人横綱の不在、相撲界の相次ぐ不祥事、等も関係しているでしょう。しかし、「強者に意地を要求する」という近代日本の覇権的男性性の解体が始まったことも、人気凋落の大きな理由ではないでしょうか?