男の成功像、生き方縛る(朝日記事)

http://digital.asahi.com/articles/ASGBZ4G0NGBZULFA010.html?_requesturl=articles%2FASGBZ4G0NGBZULFA010.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASGBZ4G0NGBZULFA010 より転載
男の成功像、生き方縛る 「逃げたっていいんだ」


 「10月から、あなたのポストはありません」。メーカーに勤める都内の男性(47)は今夏、会社から言い渡された。課長級50人への「肩たたき」だった。
 営業成績は常に上位、年収は1千万円を超えた。自宅を買ったばかりで、子どもは私立小に通う。妻がパートに出れば助かる。だが、「働いてくれなんて、妻には絶対言いたくない」。
 子どものころ、小さな会社を経営していた父と、内職で家計を支えていた母はお金をめぐり口論が絶えなかった。妻にはお金で文句を言わせたくなかった。
 退職勧奨を断り続けたのは会社への意地だ。しかし、夫婦の関係が変わることへの恐怖がもっと大きかった。妻が好きなブランドバッグ、私立小、海外旅行。自分も「高い給料を稼ぐ夫」という一種のブランドなんじゃないか――。
 9月末、当面の仕事もなく、自宅待機を命じられた。家に戻り、月給が7万円下がることを伝えると、妻は言った。「足らなくなったら、私が働けばいい」
 拍子抜けした。結婚20余年、妻の口からこんな言葉が出るとは。それでもプライドが許さない。「やっぱり、妻を働かせたくない」
 妻に去られた、家族への暴力がやめられない……。大阪市内の産業カウンセラー吉岡俊介さん(59)のもとには、悩みを抱えた男性たちが訪れる。
 講師を務める中高年男性向けのセミナーでは、オランダ生まれの作家レオ・レオニ作の「ひとあし ひとあし」という絵本を読み聞かせる。動物の体の大きさを測る冒険を続けた小さな尺取り虫は、最後に、鳥から「わたしのうたをはかってごらん」と難題をふっかけられ、できなければ食べてしまうと脅される。
 ここで、参加者にたずねる。「尺取り虫はどうするでしょう?」
 男性たちの答えは「仲間を集めて知恵を絞る」「歌を採点する」。どう解決するかばかり考えていた彼らは、絵本にある予想外の結末に拍子抜けする。
 答えは「逃げる」。
 吉岡さんも大手損保会社の管理職だった。「理不尽なことがあっても立ち向かう。逃げるなんて発想はなかった」。社内のトラブルの責任をとらされ、47歳で辞表を出した。妻に誘われ、今の活動と出会った。
 ふだんは疑うことのない「らしさ」の意識が、男たちをからめとる。(高橋末菜)


 9月20日、映画「ハリー・ポッター」のハーマイオニー役で知られる英国人俳優、エマ・ワトソンさん(24)が、ニューヨークの国連本部で演壇に立った。
 「性別をもとにした考え方に疑問を持ったのは8歳の時だった。親向けの劇で演出をやりたがったら、『親分みたい』とからかわれた。男の子は言われないのに」
 国連機関「UN Women」の親善大使として、男女平等には男性の意識改革が必要だと訴えた。
 「男としての成功像に対するゆがんだ感覚のせいで、精神的に弱くなってしまう人もいる。男性が固定観念から解放されれば、女性が置かれている状況も自然と変わる」
 インターネットで公開されたスピーチの動画は130万回以上再生され、英国の人気男性グループ「ワン・ダイレクション」のハリー・スタイルズさんらも賛同した。日本でも男子大学生が演説を邦訳して載せたサイトには9万近いアクセスがあった。「『男らしく』『女らしく』振る舞うことを強要する社会を変えようということ」「単なるフェミニズム」など、ツイッターなどでは賛否が分かれた。
 英国では、20歳から49歳の男性の主な死亡原因は自殺が占め、がんや交通事故を上回るという。日本でも、男性の自殺死亡率(2013年)は10万人あたり30・3人と女性13・0人の倍以上にのぼる。


■89歳で料理教室、錯覚気づく


 男たちはどんな時、「らしさ」に気づくのか。
 9月26日、東京都品川区の「今井学院」で、キュウリを切る男性がいた。昨年11月から、学院の高齢男性向け料理教室で、料理の基本を習っている。89歳。過去最高齢の「新入生」だ。
 20歳で終戦を迎え、「生活費を稼いで」と母に言われ、公的機関の研究員になった。「一家の大黒柱になるのが当たり前だった」。結婚後、給料袋は封を切らず、妻に渡してきた。
 一昨年、妻に先立たれた。野菜を買っては腐らせて、一人暮らしに行き詰まった。
 料理や掃除の傍ら「大変なの」と漏らしていた妻を思い出す。「女として当たり前」と当時は気にも留めなかった。大黒柱と言いながら、稼ぐこと以外は妻に頼ってきたのは自分だった。「錯覚してたんです」
 約30年男性たちに教えてきた今井美津恵学院長(79)は言う。「仕事一筋だった人が多い。老いて料理が仕事になった時初めて、生活面で自立してこなかった自分に向き合う」
 福岡市の男の子料理教室「厨房(ちゅうぼう)男子」。5年通っている中学3年の長谷部圭司さん(15)は働く両親に代わり、時々台所に立つ。「料理って、生きるために必要だから」
 主宰の北川みどりさん(49)は「生きるのに欠かせない食事を女性だけになぜ任せるんでしょう?」。
 日本の「男性が稼ぎ、女性は家事」の枠組みは、近代以降の産業化で作られた。家族を養う責任を男性が担うと同時に、男性優位の労働市場ができあがった。戦後は、終身雇用や年功序列といった日本独特の仕組みの中で働く男性が「標準」となり、経済成長を支えた。「定年までまじめに働いていれば、家族や社会の期待に応えられた」と多賀太・関西大教授(男性学)は話す。
 90年代からの「失われた20年」で、失業や収入減、非正規社員の増加などから「標準」が揺らぐようになった。家族や地域での孤立や自殺など、「男らしさ」が生きづらさにつながる問題が目立ち始めた。
 ここ数年、若い世代を中心に育児を担う男性を指す「イクメン」という言葉も生まれ、変わったようにもみえる。だが、伊藤公雄・京都大教授(男性学)は「社会や家族が変わってきたのに、男中心の家父長制に基づく家族観や男女観に男性はまだ、無自覚にしがみついている」と指摘する。


■制服交換、「当たり前」見直す


 「常識を乗り越え、最も身近な常識『男らしさ』『女らしさ』から離れてみる」。今月11日、そんなメッセージを掲げた催しが、山梨県立富士北稜高校(富士吉田市)で開かれる。
 「セクスチェンジ・デー」と呼ぶ。「sex」(性)と「exchange」(交換)の造語だ。生徒が男女で制服を交換して、1日を過ごす。ルールも決めた。サイズを合わせて無作為に交換する。トイレはいつもの方へ。全校生徒約800人のうち約300人が、制服を取りかえる予定だ。
 昨年10月、社会問題の解決策を競う「全国高校デザイン選手権」で、当時の3年、川口智矢さん(19)ら生徒3人のチームが企画を提案し、優勝した。
 きっかけは、テレビ番組で見た「おねえキャラ」のタレントたち。そこから性的少数者の人たちにまで関心を広げた。「『男らしく』『女らしく』という僕たちにとって当たり前の意識が、彼らを生きづらくさせているのでは」
 昨年9月、女子の制服を着て1日過ごした。チェックのキュロット、襟元にリボン。頭は丸刈り。足をそろえていすに座った。
 この体験から、自分の置かれた状況を考えるようになった。男で野球部員で、学級委員長。率先して場を盛り上げ、皆を引っ張るのが好きだった。「周りも自分にその役割を期待し、自分も応えようとしていた」
 ほかの「当たり前」も違って見えてきた。例えば、食器洗いをしなくても自分や兄は怒られないのに、妹はやらされる。自ら食器を洗うようになった。
 担当教諭だった菅沼雄介さん(40)は「他者から期待されたり、自らを規制したりし、何らかの役割を演じていると気づくことが大切。『らしさ』の意識にとらわれず、社会の仕組みやルールをつくってほしい」と生徒たちに期待を寄せる。(錦光山雅子、高橋末菜、石原孝)


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*「性別役割分業の解体」以上のことには踏み込まないのが、いかにも『朝日新聞』らしいです。