男らしさ女らしさって(朝日記事)

http://digital.asahi.com/articles/ASGBV5307GBVULFA002.html?iref=comtop_6_05 より転載
男らしさ女らしさって… ありのままの自分でいたいのに


 「男なら泣くな」「女は愛嬌(あいきょう)」。知らず知らず、私たちは「男/女らしさ」を意識する。でも、らしさってなんだろう。追い詰められる性的少数者の人たちや、とらわれる男たちの姿を通して考える。
 茶色い短髪、太い眉、つぶらな瞳。写真の中の姿は幼さが残る少年のようだ。
 廣田爲佐(ひろたいさ)さん。心は男なのに女の体で生まれた。2012年1月、吐瀉(としゃ)物をのどに詰まらせ、21歳で亡くなった。薬の過剰摂取を繰り返すなど不安定で、最後の日にもブログに「死んでいい」と書いていた。
 小5の時、女子児童から「男女(おとこおんな)」といじめられた。03年4月、横浜市にある中高一貫の女子校に入学。自伝「暁の空」(文芸社)によると、セーラー服が届くと母親が言った。「女の子らしくしないと、学校でやっていけなくなるわよ」
 「性同一性障害に生まれて」という廣田さんの詩から葛藤の跡がみえる。「自分で自分をおかしいと思いたくなくて/必死になってふつうを振る舞い続けた」
 しかし、心と体の不一致は大きくなる。先生に配った4枚の手紙によると、制服に耐えられず、高1で体操服の着用を願い出た。「自分を偽り、耐えてきた。もう限界なんです」
 高2で、男子制服の着用が認められる通信制高校のサポート校に転校。男性ホルモンの投与を受けるため、18歳と偽り、東京・新宿のクリニックを訪れた。注射の後、恩師に「人生で初めて生きててよかったと思えた」とメールした。
 コンビニのアルバイトに明け暮れ、手術費用をためた。08年12月からの2年で3回手術し、男の体を手に入れた。11年1月、戸籍上の性別を男性に変更した。
 ところが、心は満たされない。ブログにはこうある。「自分らしくの前に男/女らしくにこだわってしまう。性別なんて……そう言っている当事者が一番性別のことを気にしている」
 同居していた准看護師の大久保亜希子さん(43)には「全部終わったら死んじゃう気がする」と漏らしていた。「手術しても『ふつう』になれないと絶望していたのかもしれません」
 ノートには廣田さんの乱れた文字が残る。「ふつうを求めてなにがいけない」
 「女らしさ」を強いられた廣田さんは、あらがうように「男らしさ」を求め、苦しんだ。性同一性障害などの性的少数者は20人に1人とされる。彼ら彼女らがありのままに生きることを、何が阻んでいるのか。


■らしさの圧力


 10月25日、性的少数者のLGBTといじめを考えるシンポが、都内であった。テーマは「男らしさ・女らしさの圧力を考える」。
 同性愛者であることを公表し、教育現場でのいじめ対策に取り組む大磯貴廣(たかひろ)さん(37)は「10代の頃から、女っぽい、気持ち悪い、オカマといじめられ、引きこもり、高校中退、自殺未遂を経験した」と明かした。教師に相談しても「男らしくなればいじめられない」と諭され、家では長男として結婚して一家を支えることを期待された。
 「子ども同士のいじめだけでなく、親や教師や社会にまで『戦線』が拡大して苦しかった。私個人の問題なのか、日本の社会の問題なのか、追究したいという一心で活動してきた」
 大磯さんが共同代表を務めるLGBT支援団体「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」が5月に発表したアンケート結果では、いじめを受けたことのあるLGBTは7割で、3割が自殺を考え、2割が自傷に及んでいた。
 「男らしくない男がゲイ」「女らしくない女がレズビアン」という見方は偏見だ。だが、調査では「男らしくない男」が標的になりやすい傾向も浮かんだ。
 「あんたみたいな人が生きてるなんて信じられないんだけど」。北日本で専門学校に通う男子学生(18)は、中2の時、同級生の女子生徒から投げつけられた一言が忘れられない。
 自らの性的指向に気づいてすぐの頃だった。立ち振る舞いが「男らしく」なかったせいか、「ゲイではないか」とうわさされていたと、後で知った。
 「ゲイだと言ったら、こんな目に遭うんだな」と思った。家でも学校でも隠し続けたが、「自分の体の一部をなくして生きているみたい」だった。ありのままの自分でいたいと、高校卒業を控えた昨年10月、同世代の集まる場でカミングアウト(公言)した。
 「僕はゲイです。日本では多くの同性愛者が拒絶を恐れ、本当の自分を隠しています。日本で同性愛者であることは、とても孤独な生き方なのです」
 「偏見も無関心もない世界を」とも呼びかけた。しかし、この記事で彼の名前は紹介できない。両親が就職への悪影響を懸念したからだ。両親は「誰が豹変(ひょうへん)するか分からない」「良い方向に転がるとは思えない」と言い、実名で取材を受けないよう説得したという。


同性カップル、北欧で生きる


 社会に窮屈さを感じ、日本を離れる人もいる。
 IT企業に勤めるローセ・木村謙介さん(37)。2009年春、観光で来日したデンマーク人男性のヨーンさん(58)と交際を始めた。自然と結婚を意識し、11年6月、東京からコペンハーゲンに移り住んだ。
 デンマークは25年前、世界で初めて同性カップルに相続などで男女の夫婦とほぼ同等の権利を認めた。就職の面接で移住の理由を聞かれ、同性愛者だと説明したら、「あ、そう」という感じで拍子抜けした。
 日本ではIT企業など3社で勤めたが「仕事の障害になるかもしれない」と隠し続けた。両親に初めて話したのも移住の5カ月前。しかし、デンマークでは自分を偽る必要はなかった。
 大学を出て、就職し、女性と結婚し、子どもができて、マイホームを買い……。日本にいた頃は「ふつうの男のレール」から外れるのが怖かった。そんな意識からも、いつの間にか自由になっていた。「もう息苦しさは感じない」
 日曜の朝、2人でコーヒーを飲む。夏がくれば2人で海へ行く。共働きなので、掃除はヨーンさん、洗濯は木村さん、料理は早く帰った方。自然体の暮らしがここにはある。
 「幸せです」。ためらうことなく答えた木村さんは「今は日本に戻るつもりはない」と言った。


■雄々しくない男は変ですか


 米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)が10月30日、ゲイだとカミングアウトした。
 米通信社ブルームバーグに寄せた手記で、クック氏は「人は性的指向や人種や性別だけで定義できない。それを理解することが社会の進歩の一つだ」と訴えた。「世界は大きく変わったが、今も数えきれないほどの人たちが恐怖や虐待に直面している。孤独を味わう人たちの力になれるならと考えた」
 日高庸晴・宝塚大看護学部教授らの調査では、同性愛者・両性愛者の男性の66%が自殺を考え、14%が自殺を図ったことがあった(有効回答5731人)。日高氏らの別の調査では、自殺未遂のリスクは異性愛者の男性の6倍だった。
 約20年前からLGBTの相談を受けてきた精神科医の平田俊明氏は「異性愛を前提とする社会の中で、性的指向がネタにされ、いじめられるかもしれないと恐れることで、幼い頃から自分を押し殺す癖を身につけてしまう」と解説する。
 「侍ジャパンなでしこジャパンという日本代表の愛称に、日本におけるらしさの意識が凝縮されている」。佐々木瑞枝・武蔵野大名誉教授(日本語ジェンダー論)は指摘する。「雄々しい」などの言葉には「社会的にすり込まれた、雄々しくない男への差別意識が潜む」という。
 雄々しいのが男であって、そうでない男は男でない――。らしさを強いる意識は、そんなふうに異質なものを排除しようとする心の動きと結びつく。
 LGBTをめぐる問題を25年取材している米在住のジャーナリスト、北丸雄二氏は語る。「相手がどんな偏見や差別意識を持っているのか、どれだけ正義で公正なのか。カミングアウトしてわかるのは、カミングアウトした人の正体ではなく、された側の正体なのです」(二階堂友紀、石原孝、高橋末菜)


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 〈LGBT〉 レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)の総称で、頭文字をとっている。電通総研が国内の成人約7万人を対象にした調査では5・2%。国や人種に関係なく、人口の5%程度とされる。
 同性愛は恋愛感情が同性に向くこと。トランスジェンダーは心の性と体の性の食い違いから違和感を生じる。その違和感が強い状態について、日本精神神経学会は今年、診断名を「性同一性障害」から「性別違和」に改めた。


*「男らしくない男」が標的になりやすいのは確かだと思います。しかし、『永遠のO』現象のような<ホモソーシャル礼賛>と<草食男子叩き>が同じコインの表裏であることに、『朝日新聞』は気づいていないと思います。