天理教教祖の夫・善兵衛について

天理教の話題です。

 女性教祖・中山みき(1798-1887)に1838年に最初の神がかりが起きてから、1853年に夫・善兵衛が死去するまでのふたりの間の夫婦生活については、全く史料が残っていません。明治30年代以降の「夫唱婦随」の天理教学では描きにくい「婦唱夫随」の関係だったのではないか、と私は推測するのですが、史料はないか、教団の資料集成部が隠蔽しているかのどちらかです。池田士郎さんの「教祖一家全員がひながた(信仰の模範)である」という見解は、私の直感では正しいのですが、教団の保守的教学者を論破するには、まだ証拠不足の感もあります。
 ネット上で、この点について、面白い資料を見つけました。1852年(善兵衛の死の前年)に「中山善兵衛・美き」の連名で、救らい施設に多額の寄付があったという記録が残っているそうです。みきの同行者として、善兵衛もまた神の言葉に従い「貧に落ちきった」有力な証拠だと思います。
 
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/hansen.html