中井久夫氏による「少年A」の精神鑑定
http://www.ne.jp/asahi/t-i-e/tokyo/houkoku07_06.pdf より引用
中井は、多忙なスケジュールの大半をキャンセルし、最終的には、180頁近くに渡る「鑑定書」を仕上げる。そして、著者に対し「病気ではないから心神喪失の診断は出せないが、個人的には深く同情する。【中略】少年は、中学一年生の時に小児神経科(精神科医)の診察を受ける機会に恵まれていたのだから、その際、医師が少年に『性的興奮時のイメージ』を問い、『発育が遅れているけれど、心配はするな』と助言していたら、少年の苦しみはだいぶ違っていたろう。その問いは、本来精神科医にとって“イロハのイ”なのに、残念なことに実践されていない」と、告げてゐるのだ(38〜39頁)。
実際、少年は、「自分が他と違ふ」といふ思ひに苦しめ続けられてゐた。性衝動の発現時期や強さは「正常」であつたが、対象が、一般とは著しく異なり、そこから、一種の「精神的鎖国状態」に陥り、「自分は無価値」「殺人正当化の理論武装」等へ突き進んでいく。これまで多くの人が書いてゐる事柄だが、淳君殺害の日、夕刻に帰宅した際、母親の明るい声に「激しい憤り」を感じたといふ。「母親なのだから、見抜いて、気づいて、止めて欲しかった」と絶望し、「豚!」と内心罵つた(41頁)。かうした苦しみは、捜査過程でも続く。「理解されない」といふ絶望感である。警察で、正直に自己の性的イメージを語ると、「アホ抜かせ!」と一喝されてしまふのであつた(39頁)。他にも捜査段階での瑕疵は少なくない。
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この少年の場合、脳内の「暴力中枢」とそこから分岐して発達する「性中枢」の発育に遅れがあつたのだが、成育と共にそのアン・バランスは寛解するのが一般である。実に不幸な時期に、不幸な出来事が重層的に出現してしまつたである。