S親和者と社会との“折り合い”点

 性的パートナー獲得をめぐる種内競争が必ずしも種に有利な形質を残さないことは、絶滅した、あるいは絶滅しつつあるサーベル状の牙を持ったトラやオオツノジカの示すところであるが、しかしS(熊田註;統合失調症)親和者の微分(回路)的認知がその範疇に属するとは必ずしも言いえない。むしろその反対であり、分裂病者という大量の失調者は、人類とその美質の存続のためにも社会が受諾しなければならない税のごときものであると言っていいのではあるまいか。そして微分(回路)的認知性に着目しつつ社会との“折り合い”点を求めることは確かに難事ではあるが、少なくとも執着気質者への人間改造ほど途方もない事業ではないことは、私のささやかな 体験からも言いうることのように思う(中井久夫『新版 分裂病と人類』東京大学出版会、2013年(初出1982年)、p36)。


S親和者のひとりである私にとっては、大学教員(社会学者)という職業が社会との“折り合い”点になっているのだと思います。