混血児としての『宮本武蔵』

 騎士道物語にも比すべき武勇秀でたヒーローの旅の物語として、昭和になってからの日本で書かれた最大の作品は、吉川英治の大河小説『宮本武蔵』であろう。何度となく大長編の映画としてつくられたこの物語は、武勇の物語であると同時にまた、貴婦人崇拝の要素も含んでいて、日本的であると同時にヨーロッパ的であり、混血児的である。宮本武蔵は諸国遍歴の武芸者であるが、心の恋人にお通さんという女性の面影を抱いていて、日夜、彼女への愛に心をかきむしられながら旅を続けるのだ。そんなに好きなら結婚してしまえばいいのに、結婚などしたら武者修行はできない、と言って旅を続ける(佐藤忠男『意地の美学-時代劇映画大全-』じゃこめてい出版、2009年、p.94)。


*「一つのことに打ち込むのに恋愛は邪魔である」という『宮本武蔵』的命題が、『バガボンド』にも踏襲されるのかどうか、間もなくわかるでしょう。ちなみに、高橋留美子(作)のボクシング漫画『1ポンドの福音』(1989-2007)は、この『宮本武蔵』的命題に真っ向から挑戦した作品でした。