バカボンドについて

 井上雄彦吉川英治の原作小説『宮本武蔵』をマンガ化したバガボンド(1999-)について、映画評論家の佐藤忠男による「自己完成のための殺人」を説く「不毛な人格美学」という批判はあてはまらないと思います。井上雄彦は、吉川英治の原作をアレンジして、武蔵に「殺し合いの螺旋から/俺は降りる」(第30巻)ことを考えさせているからです。
 「自己中心性」と「視野狭窄」を伴う「意地」とは、「非常事態を強行突破するための構え」であり、「本来無冠の弱者にのみ許される」(中井久夫・佐竹洋人(編)『意地の心理』1987年、創元社、p.286)ものです。バブル崩壊後の経済状況にあって、社会的弱者たる若者たちは、「生き延びる」ためには「意地」を張る必要があったのでしょう。