半所有者ーセックスとレイプのあいだ

 性愛における「正常/異常」を脱構築するのが上手い作家・河野多惠子に、「半所有者」(『秘事・半所有者』新潮文庫、2003年(初出2001年)という川端康成文学賞を受賞した短編があります。夫が、愛妻の死に際して、通夜に屍姦を行うというストーリーです。精神科医中井久夫さんは、レイプについて、医学的には、相手の抵抗によって性的に煽られる一部の例外的男性を覗けば、萎縮するペニスに刺激を繰り返しつつ挿入するか、相手が解離によって疑似死化(フリーズ)した場合に性行為を開始するかのどちらかでなければ成立しないはずである、と述べています(中井2006(初出2005年)。現実のレイプの大半は、この最後のケースに該当するでしょう。「相手が解離によって疑似死化(フリーズ)した場合に性行為を開始する」というのは、「合意のないセックス」という点では「屍姦」と同じです。確かに「相手の抵抗によって性的に煽られる」のは一部の例外的男性でしょうが、「半所有者」の主人公のように、「愛する女性の死後、その死体を屍姦できる」男性はおそらく珍しくないでしょう。そこに、「男性は女性を<半所有>してもよい」という現代日本において文化的に公認されている性差別とセクシュアリティの関係を見ることができると思います。その限りにおいては、現代日本における「男の中の男」たちとは、「潜在的なレイピスト」(ベイネケ1993(原著1982))たちなのでしょう。


 (前略)遺体に関して、配偶者であった者の所有権が法律で完全に守られているのは、遺骨についてのみと判る。
 久保氏の気持ちは昂ぶった。<遺体は己のものだぞ>と胸の中で言い放った。死体毀損は刑事犯罪だろうが、死体性交もそれに当たるのか。例えば山中で偶然に出会った死体との性交はそれに当たりそうだが、夫のその行為もやはり犯罪なのか。不備な法律は、そこでも夫の権利を守っていないのではないか。そう思ったことがさらに彼を刺戟した。六法全書どころではなくなった(河野2003、p.351)。


<参考文献>
河野多惠子「半所有者」『秘事・半所有者』新潮文庫、2003年(初出2001年)
中井久夫戦争と平和をめぐる観察」『樹をみつめて』みすず書房、2006年(初出2005年);pp.83-84
ベイネケ、ティモシー『レイプー男からの発言』ちくま文庫、1993年(原著1982年)