娘の養育要求ー内田春菊「南くんの恋人」

 近代社会においては、娘は「養育する性」である母親に同一化する傾向があるので、娘の「恋人に私の面倒をみてほしい」という養育要求は挫かれがちです。内田春菊の傑作SFマンガ「南くんの恋人」(初出1986年)は、娘(ちよみ)がなぜか10分の1の大きさになってしまったまま恋人の男性(南くん)と同居するというSF的設定によって、近代社会では挫かれがちな「娘の養育要求」が存分に満たされる、ある意味では「娘のユートピア」を描き出すことに成功しています。ただし、娘(ちよみ)が最後は事故死するという悲劇的な結末によって、これが「まだ夢物語にすぎない」ことも同時に示されています。
<あらすじ>
 全1巻でページ数もそれほど多くない短編といっていいような短めの作品。物語は、理由は全くわからないまま、身長がわずか16センチになってしまった女の子が登場すると言う、非現実的な状況から唐突に始まる。その女の子がタイトルにある南くんの恋人である高校2年生の「ちよみ」である。最後まで小さくなってしまった原因は全く説明されないが、この作品では小さくなってしまった原因は必要ないのである。そのことを科学的にどうのこうのというよりも、もっと大事なことが描かれていると思われる。
<娘の養育要求>
 南くんは、小さくなってしまった「ちよみ」のことを世間に隠しながら、二人の奇妙な生活が進んでいくのだが、同じ部屋に住んでいながら、お互いの世界はまったく違っている。それもそのはず、10分の1の体になってしまった「ちよみ」は、南くんの助けがなければ普通の生活をすることができない。南くんも自分の生活をある程度犠牲にして「ちよみ」の面倒を一生懸命に見る。ある意味では飼い主とペットの関係とも感じられるが、そこはいくら小さいといっても、立派な人間であるということが、不思議な関係を作っていく。こんな仮想の想定がいろんなことを考えさせてくれる。10分の1の体になってしまったといっても、南くんは高校生の男の子。もちろん性的なことも関わってくる。そんなところも、ある意味やはりペットとは違う、人間の男女の共同生活をリアルに感じさせてくれる。決して強くはない南くんが、一生懸命に弱いものを養育しようと強くなるのである。

ー女の子だって、男の子に面倒を見て欲しい。