日本の新宗教とヤクザ

 山本素石著「回生の冒険者 崔宰漢」(天理教道友社、1982年)を読了しました。大韓天理教総本部初代教統の伝記で、絶版本です。韓国人として生まれ、ハンセン氏病にかかったことからヤケになって日本でヤクザになっていたのが、天理教に出会って「たすけ」られ、ヤクザ稼業からキレイに足を洗って極めて熱心な布教者になった男性(1912-?)の伝記です。
 この本から、ある時期までの天理教には元ヤクザや在日朝鮮人が少なくなかったことが推測されます。また、ある時期までの天理教では、教団の対外的な公式見解が皇国史観に迎合していても、信者に受容されたレベルでの信仰は、ナショナリズムをものともしない普遍主義的な性格が強かったことがわかります。
 一般に、エネルギーのある全盛期の段階の時には、日本の新宗教は社会の底辺に布教を試みるので、必然的に、ヤクザ・被差別部落在日朝鮮人に出会っていたはずです。村上重良さんの「国家神道と民衆宗教」(吉川弘文館、2006年復刻版)には、幕末維新期に丸山教博徒たちが大量に入信したことが書かれています。しかしこれは、丸山教の場合偶然史料が残っていたというだけの話で、当時の天理教金光教でも、さらには創価学会のような後の時代の新宗教でも、元ヤクザの入信は、珍しくもない話だったと推測されます。
 日本のキリスト教界は、元ヤクザの信者を集めて「ミッション・バラバ」という会を組織して、広告塔として活用しています。しかし、既成宗教より一段低い宗教と見られることが多かった日本の新宗教の場合は、教団にヤクザのイメージが重ねられることを警戒して、広告塔にするどころか、元ヤクザの入信は伏せておこうとするのでしょう。しかし、現在の若者から見れば、旧・新宗教も既成宗教と同様に「昔からある古い宗教」に過ぎませんから、もういいかげんに元ヤクザの入信も公にしていいのではないかと思います。
 この本には、崔さんが韓国の大教会の教会長になってからも、堅気の人間がなかなか払拭できないでいる「商売気」(損得勘定)を全く持ち合わせないという、「ヤクザ的」な性格を完全になくした訳ではないことを示す面白いエピソードが記録されています。

 (熊田註;韓国の独立後、大韓天理教を厳しく取り締まっていた)内務次官は後日、側の人に「あの崔という男は純粋な信仰者だ」と洩らしたそうだが、純粋なだけに、激昂すると何をしでかすかわからぬ不気味さがある。宰漢に最も多く殴られ、鉄拳で教理を仕込まれた腹心の役員がよくその癖を知っていて、内務部の交渉から帰ってくると、西部劇映画を見につれ出した。派手なピストルの撃ち合いを見て帰ると、しばらくはおとなしくなる、といった、少年じみた単純さがこの人にはある(p128)。