お母さんの変声期

 お母さんの変声期という言葉を知っていますか?これは小児科の先生から教えてもらった言葉ですが、赤ちゃんの時にはこれぞ理想的な母だと思われる慈愛に満ちた優しい声を出していたお母さんが、三歳を境に金切り声で子どもを叱りつけるようになるという現象だそうです。まあ、しつけの時期ですから、仕方ないかもしれませんね。
 でも、問題はわが国では、この時期に必要とされる父親が主役として登場しないことです。お母さんは母親と父親の両方の役割を演じ、いわば「男根を持つ母」になりがちなことでしょう。お母さんの変声期という現象にはこういう事情が反映しているに違いありません。父親の役割は、社会への窓口です。良いこと、悪いことという感覚を身につけるのもこの時期です。そしてルールを守ることの重要性、力強くやさしくて何でもできる父へのあこがれと同一視ということがこの時期の子どもの心の発達には欠かすことができないものです。
 では父がいない子ども、母子家庭の子どもは正常な発達ができないのでしょうか?そんなことはありません。両親がそろっている家庭よりも大きな努力が必要ということなのでしょう。しっかりしたお母さんは困難な条件でも子どもをしっかり育てることができます。むしろ、いるのに役割を果たさない父親の存在の方が問題が大きくなります(市橋秀夫『心の地図ーこころの障害を理解するー』上巻、星和書店、1997年、pp.29-30)。


 学童期は、母との関わり以上に一層父の出番を要求する時期でもあります。父の機能はいろいろありますが、最も基本的な機能は「優しくて力持ち」ということ、すなわち自分にはない力強さを提供し、しかもその中にある母とは異なった優しさ(距離のある優しさ)を提供できるのが父です。また、父は社会への最初の出口でもあります。父の役割や態度を通じて子どもは家族以外のメンバーとどう関わったらよいかも学びます。
 父と幸せな関係ができた子どもはまず思春期に問題を起こすことがありません。従来思春期の問題は「母子」の関係に重点が置かれ過ぎたのではないでしょうか。子どもは父親との遊びを通じてこれらのことを学んでいきます。そして社会的ルールとか、規範とか、良いこと悪いこと、禁止しなければならないこと、我慢することなどを身につけてゆくのです。
 言うまでもないことですが、ここでいう「父」とは肉親の父ではありません。父の機能を担う人であればよいのです。たとえば母子家庭では母がこれまでと違った「距離のある愛」を与えていけばよいのです。
 残念なことに、学童期の子供を持つ父親の平均年齢は三十歳代半ばです。この時期は会社員として最も脂がのりきった時期で、ほとんどの父親は子供の相手をする時間がもてません。家庭(育児・教育・しつけ)は母親に任せるというわが国独特の文化がこれに拍車をかけています(同上、pp.32-33)。


*所々に、精神科医特有のジェンダー保守の発想を感じますが、大筋では正しいと思います。