「心の貯金」と信仰治療

 主人、子供に恵まれ、何一つ不自由のない生活、仲良い友達に多く恵まれている私は、心からありがたいと思っておりますが、身上者(熊田註;病人)の経験する病気の苦しさ、つらさは一応全部味わいました。ちょうど(熊田註;ネフローゼの)発病以来三年、いまここに、このような素晴らしい受け取り方が出来るようになり、本当に涙がこぼれるほどうれしく思います。蛋白がとまれば普通の人と変わりない生活が出来、教祖九十年祭を前に大きな節(熊田註;信仰の試練)をお見せ頂き、親神様に接することが出来まして感謝の気持ちで一杯です。
 私の身上の経過をご存じない方は、大げさだと思われるかも知れませんが、腎臓病の中で一番死亡率の高いこの身上で、何回も再発しながら生き延びているわが身を思うとき、親神様の御慈悲のお手引きであるとしか信じられません。また、子供に多いこの難病を自分が患ったことも、わが身、わが家のいんねんと考えて、何よりもよかった、お情けであったと感じています。
 三年間の入院生活で、貯金もすっかりはたいてしまいました。目ぼしいものもお供え(熊田註;教会への献金)させていただきました。主人は何一つ不足(熊田註;不平不満)も、愚痴もいわず、ただただ私を励ましてくれました。母にも言葉につくせぬほどの心配をかけ、お世話になりました。おぢば(熊田註;天理教の聖地)で三十歳の誕生日を迎えたいま、心機一転して、心の貯金が出来たことを喜ばせて頂いております。この貯金をもとでとして、これからは人様のためにしっかりつとめさせて頂く決心でございます(修養科(編)『すばらしき人生(一)ー信仰体験実話集ー』天理教道友社、1978年、pp81-82)。


「心の貯金」とは、卓抜な表現だと思います。「心の余裕」と言い換えてもいいでしょう。


(前略)そしてひとたび結核が宣告されたならば、それは内心から衝きあげてくる焦りとの精神的な闘いを意味した。一夜この焦りに身を委ねることは、ロシヤ式ルーレットほどの確率で結核の急性増悪(シューブ)の引金を引いてしまうことを意味した。しかし、逆に強迫的に「大気・安静・栄養の三大原則」を守ったものがもっともよく生き残ったわけではないともいう。療養は生のリズムを感得しつつ自制しながら心の余裕を失わない者に有利であった。そういうものは療養期間を、思いがけない自己発見の時期、新しい局面への自己展開の時期となしえたのである。結核感染症とはいえ、感染したもののごく一部が発症し、その後の経過も複雑な心理的・環境的な因子がからむ、すぐれてメンタルな、また状況的、家族的な含蓄を持つ疾患であった(中井久夫「思春期患者とその治療者」『「思春期を考える」ことについて』ちくま学芸文庫、2011年(初出1978年)、pp.46-47)。


 天理教が急成長した明治20年代には、結核患者が、教団の「朝起き・正直・働き」という教えを守って「生のリズム」を感得し、「人を助けて我が身助かる」という教えを守って「心の余裕」を保ち続けることによって、結果的に結核の「療養」に成功することも時には現実にあったのだろうと思います。上の信仰体験記におけるネフローゼの患者さんも、「心の貯金=心の余裕」を得たことによって、結果的に慢性の難病との「共存」に成功したのでしょう。