「断食芸人」と「アンパンマン」

 文学史上で有名な「食べない」主人公は、なんと言っても、フランツ・カフカの短編小説『断食芸人』(1922年)の「断食芸人」でしょう。見世物として「断食芸」を続け、「自分の口に合う食べ物はなかった」と最後にサーカスの支配人に告白して、餓死し、代わりに檻に「豹」を入れられ、豹は「もうすっかり飽きられていた」断食芸人と対照的に、観客の人気を集めます。このサーカス芸人の物語は、キリスト教の禁欲的理想が陰り、代わりにニーチェ的な超人思想が台頭してきたことを表している、という読みも可能でしょう(カフカの妹は、ナチス強制収容所で殺されました)。
 『アンパンマン』は、頭の中の餡をエネルギー源にしているので、食事する必要はないし、食事しません。断食芸人と違って、食べなくても生きていけるのです。見方によっては、やなせたかしの絵本=アニメ『アンパンマン』は、このように設定することで、カフカが描いた「食べる―食べられる」関係についてのニーチェが提起したような近代的問題をクリアしてみせた、と見ることも可能でしょう。