『1Q84』とラブクラフト的な「恐怖」

 なにも単純にオウム真理教ラブクラフト的に邪悪な「やみくろ」の群だと言っているわけではない。私が『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の中で「やみくろ」たちを描くことによって、小説的に表出したかったのは、おそらくは私たちの内にある根源的な「恐怖」のひとつのかたちなのだと思う。私たちの意識のアンダーグラウンドが、あるいは集団記憶としてシンボリックに記憶しているかもしれない、純粋に危険なものたちの姿なのだ。そしてその闇の奥に潜んだ「歪められた」ものたちが、そのかりそめの実現を通して、生身の私たちに及ぼすかもしれない意識の波動なのだ(村上春樹アンダーグラウンド講談社文庫、1999年(初出1997年)、p.774)。


*かつてはこのように発言しておきながら、『1Q84』では、「根源的な『恐怖』」を、「リトル・ピープル」という形で、ラブクラフト的な(ある意味ではグノーシス主義的な)「邪神」として表現しているように思われます。