村上春樹とラヴクラフト

 森瀬繚さんのご教示によれば、まず、村上春樹さんは国書刊行会『定本ラヴクラフト全集』刊行時の宣伝ビラにて推薦文を書いています。婦人の影響という話は、当時、国書刊行会勤務の編集者であり、『定本ラヴクラフト全集』にも関わった作家の朝松健さんから聞いたそうです。『幻想文学』誌3号のインタビューでも「ラヴクラフトが好き」と発言しているし、評論家の風間賢二さんが村上さんとやりとりをした折にも、ラヴクラフトを読んでいる旨のことを言っています(創拓社『快楽読書倶楽部』参照) 。


 なにも単純にオウム真理教ラブクラフト的に邪悪な「やみくろ」の群だと言っているわけではない。私が『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の中で「やみくろ」たちを描くことによって、小説的に表出したかったのは、おそらくは私たちの内にある根源的な「恐怖」のひとつのかたちなのだと思う。私たちの意識のアンダーグラウンドが、あるいは集団記憶としてシンボリックに記憶しているかもしれない、純粋に危険なものたちの姿なのだ。そしてその闇の奥に潜んだ「歪められた」ものたちが、そのかりそめの実現を通して、生身の私たちに及ぼすかもしれない意識の波動なのだ(村上春樹アンダーグラウンド講談社文庫、1999年(初出1997年)、p.774)。


 『1Q84』において、村上春樹さんは、「人間の理解や定義を超えたもの」という点はラブクラフトの描く邪神たちから継承しながら、「根源的な『恐怖』」を「リトル・ピープル」という形で描き出そうとしたのでしょう。