宮本武蔵と<解離>

 スタインバーグ(Steinberg,M.)は、症候論的にみた解離現象を、五つの中核症状に分けている。すなわち、1 健忘、2 離人症、3 現実感喪失、4 同一性混乱、5 同一性変容、である。解離による健忘は、自分自身の個人情報についての記憶の想起障害であり、器質性疾患のとは違って、一般的知識や日常の動作が障害されることはない。また、DSM-4(精神障害の診断と統計の手引き (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)第4版)の定義では離人症は「自分が自分の精神過程または身体から離れて外部の観察者になったかのような自己の知覚または体験の変化」で、現実感喪失は「外部世界の知覚または体験が変化して、それが奇妙に、また非現実的に見えること」である。同一性の混乱と変容について、彼女はそれぞれ「自我同一性や自己意識に関する不確実、困惑、葛藤などの主観的感覚」と「他者から患者の行動パターンの変化によって気づかれることが多いような患者の役割の変化」と区別している。こうしてこの五つの解離現象のうち、例えば健忘の障害が強く他の障害に乏しい場合解離性健忘と診断され、すべての症状がそろえばDID(熊田註;Dissociative Identity Disorder、解離性同一性障害)である可能性が高いとされる(田中究「解離性同一性障害(多重人格)」『現代のエスプリ』358号、至文堂、1997年;pp.122-123)。


宮本武蔵(1584?ー1645)が詠んだと伝えられる和歌「乾坤を其侭庭にに見る時は/我は天地の外にこそ住め」は、DSM-4でいう「離人症」の感覚を詠んだものではないでしょうか。