アンパンマンとホモソーシャルの拒絶

 弟は小倉の旅館に泊まっていたので、ぼくは外出許可をもらって、弟が泊まっている旅館で、一緒に食事をしながら話しました。
 聞くと、海軍の特別任務につくので、最後の挨拶に来たと言うのです。
「なんでそんなものになったんだ」とぼくは怒りました。
 若い将校を集めて「特別任務を志願する者は一歩前に」と言われたそうです。千尋(熊田註;やなせたかし氏の弟の名前)は、「志願者は一歩前に」と言われて一歩前に出てしまったのです。
「お前そんなものに出るな」と言ったのですが、「みんなが出るのに出ないわけにはいかない」と言うのです。そんなバカな話はない。でも
、行かずにはおれなかったのでしょうね。
 弟は飛行機がダメだったので、特別任務のほうにまわされたのかもしれません。
 当時海軍は、秘密兵器として奇襲作戦用の小型特殊潜行艇をつくっていたのです。
 そのあと何を話したか、忘れてしまいましたが、やるせない気持ちでいっぱいになりました。
 弟の顔を見たのは、それが最後です。
(中略)
 ぼくはそんなつもりはなかったのですが、「アンパンマンのマーチ」が弟に捧げられたものと指摘する人もいます。それだけ、弟と最後の言葉を交わした記憶が深く残っていたのでしょう(やなせたかし『ぼくは戦争は大きらい』小学館クリエイティブ、2013年、pp37-39)。


*「アンパンマンのマーチ」が「愛と勇気だけがともだちさ」と歌って、自分の戦いに「ともだち」を巻き込むことを断固として拒絶する大きな理由は、原作者のやなせたかし氏が、このような形で弟を失い、国家が戦争においては男性の「ホモソーシャルな絆」(非・性的な絆)を巧妙に利用することを、身にしみて知っていたことにあるのでしょう。