椎名林檎の第二子出産をめぐって

幾つに成れば淋しさや恐怖は消へ得る
子供を持てば軈て苦痛も失せるのか(椎名林檎「意識」)


 椎名林檎さんが第二子を出産なさったそうです。かつて私は、彼女の第一子の出産について下記のように書きました。


 まず、若者にカリスマ的な人気のある、ロックバンド「東京事変」の元・ボーカル椎名林檎(1978―)と彼女のファッションをジェンダーの視点から考察したい。好きなファンはファッションまで真似するという、カリスマ性のあるミュージシャンである。椎名林檎の音楽作品には、ジェンダーの視点から見て興味深いものが多い。
 たとえば、椎名林檎の初期の大ヒット曲「歌舞伎町の女王」(1998年)の歌詞は、男性向けの歓楽街で高級娼婦の母に捨てられた娘が、自分も高級娼婦になるという内容である。この曲の歌詞は、男性中心社会において、現代的な母娘関係が抱えがちな心理的葛藤をデフォルメ(誇張)したものとして分析することが可能である。
 このように、椎名林檎の初期のヒット曲には、「痛い」内容のものが少なくない。1998年にデビューした当時は、彼女自身が「女ぎらい」を内面化して「自己嫌悪」してしまい、「生きづらい」人だったのではないだろうか。自分を「ちっぽけで汚らしい動物、牝」に喩えた楽曲「サカナ」が、初期の椎名林檎の「女ぎらい=自己嫌悪」をよく表している。ところが、椎名林檎の円熟した近年の音楽作品からは、そうした「痛さ」が消えている。
 椎名林檎の場合は、出産を契機として、「女ぎらい=自己嫌悪」から解放されたのではないだろうか。この間の事情を、彼女はファッション誌『Lips』(2011年6月23日発売号、マガジンハウス社、2011年)におけるインタビューで以下のように語っている(94頁〜95頁)。


「本来、女性は誰もが変幻自在な存在だと思うんです。自分次第で何者にでもなれるはずなのに、社会だったり男性の目線だったり、余計なことに捕らわれて不自由になりがちなのも、また女性。それはもったいないと思う」
(中略)
「(前略)年齢を重ねることを厭う女性も多いらしいけれど、私は嬉しい。実際、30歳を超えてラクになれたから。女性って20代までは大変ですよね。意中の男性とかクライアントとか対象あっての存在という感じがするでしょう。『それやるとモテなくなるよ』みたいな情報に縛られて消耗してしまったり、正直で居られなくなる。私もご多分に漏れずデビュー当時は、スカートなんて絶対に履きたくなかったし、履かなきゃならないなら制服にする!とか言っていました(笑)。女性として中途半端に対象物となることへ、精一杯抵抗していたんです」
当時を思い出して苦笑する。
「やわらかくて美しくて変幻自在で・・・・・・私は女性という存在が大好きなんですけど、女性である実在の自分とはうまく付き合えなかった。でも、そんな迷いも30を超える頃には抜けて、素直に楽しめるようになった。それは仕事の経験値も大きいけれど、いちばんは、やっぱり、出産のおかげだと思います。息子を産んだことで、次世代へのバトンを渡せた気がして、肩の力が抜けたんですよね。もう、自分はどう見られてもかまわないって思えた。それまでは、作品のこと以外は何言われても平気なんていいながらも、本当はいちいち気にしていましたから」
(中略)
「(前略)同世代の女性もね、思い切り我が侭に生きて欲しいなと思います。先のことは分からないし、大変な時代だからこそ、他人の目や社会が漠然と用意した思い込みに縛られるなんてますます意味がないと思うし・・・・・・。各々が自分の道を生きた方がいい。そういう人同士が実際に出会えたら話が早いし、きっと、素敵な関係を育めると思うから」
 この男性中心社会に生きる人間は、誰もが「女ぎらい」から完全には自由ではない。現代日本の若者も「女ぎらい」からまだ完全には自由ではない点は同じである。若い女性は、たとえそのことに強い不快感を抱いていたとしても、(男性中心)社会や男性の視線の中を生きざるをえない、という事情は、現代日本の若者の間でも変わっていないことが、このインタビューからわかる。椎名林檎の場合は、デビュー当時は『女ぎらい』を強く内面化して『自己嫌悪』していたある意味では古いタイプの女性が、たまたま出産を契機に「社会や男性の視線」からの自己解放に成功した事例といえるだろう。
 もちろん、私は「女性=母性(産む性)」という近代的なジェンダーバイアスを持ち出したいのではない。「社会や男性の視線」からの女性の自己解放の契機が出産である必要は全くない。しかし、『社会や男性の視線』から何かの契機で自己解放されなければ、女性が完全に自己肯定する(「素直に楽しむ」)ことが困難であるという事情は、現代の日本の若者においてもまだ変わっていないということが、椎名林檎の事例から分かる。


*第二子を出産なさって、椎名林檎さんは「女ぎらい」からようやく完全に解放されたのではないでしょうか。