「ジェンダー・トラブル」の日本語訳について

 ジュディス・バトラーは、男性型レズビアン(ブッチ)であり(言うまでもなく、男っぽい女性がレズビアンになる訳ではないが)、同時にユダヤ教改革派のとても熱心な信者である。ジェンダー/セクシュアリティ研究の必読書を翻訳した労は多とするが、訳者の故・竹村和子氏はバトラーの議論の宗教的背景がよく分かっていないのだと思う。“law”を「法」と訳しているが、これは同時にユダヤ教の律法(掟)のことでもある。バトラー理論のキーワードである「語りかけられ、語りかける」“agency”を「行為体」と訳しているが、これはユダヤ教の信仰主体の主観性(生きられた経験)ー旧約聖書とタルムード(注釈集)の解釈の世界ーのことである。バトラーがドラァグ(誇張された異性装)に思い入れして、「攪乱的なパフォーマンス」を戦略として主張する背景には、「新しい儀礼を創造すること」を重視する改革派の儀礼論がある。こうした点に解説があればもっとよかったと思う。