準フェミニスト、ジルベール

 男の子と女の子のふれあいだって、男の子同士のふれあいだって、人間同士のふれあいであることには変わりはないんですよ、ということが通じる相手ではない。だが、今私が本当に描きたいものが描けないのだったら、せめてこの作品のなかだけでも、淡い少年たちのふれあいを、たとえ友情レベルでもいいから残しておきたかった。
 当時の私は、家庭や結婚に縛られるような生き方を全否定していたので、そうではないボヘミアン的生き方を、マンガのなかの少年の行動で表現してみたいという想いもあった。現実社会で自分ができないことを主人公の男の子にさせる。自分が着てみたい服を着させて、歌いたい歌を歌わせ、言いたいことも言わせる。表現者としての特権だ(竹宮惠子『少年の名はジルベール小学館、2016年、p102)。


*やはり、腐女子は「準フェミニスト」のようです。