タイは「アジアの子宮」か

http://digital.asahi.com/articles/ASG945J2VG94ULPT001.html?iref=comtop_list_int_f03 より転載
タイは「アジアの子宮」か 代理母出産の是非


 タイ東北部の村、パックオクで、初めて代理母出産を果たした女性の家では新品の自家用車を買って、住まいも豪華に改築した。稲田とタマリンド林の脇に木造の家々が並ぶだけの隣近所からは、改築した家に次々と羨望(せんぼう)のまなざしが向けられた。
「そりゃもう大騒ぎになったし、みんながすごくうらやましがったわ」。村でよろず屋を営む女主人のトンチャン・インチャンは振り返る。
 それから2年がたつ。首都バンコクから北へ車で6時間ほどのパックオク村。周辺のコミュニティーは今、カネになる代理母出産がまるで村おこし産業のようになっている。依頼主は、アジアの国々の裕福なカップルが多い。村の役人の話によると、全住民約1万3千人の村で、これまでに少なくとも計24人の女性が報酬を得て代理母出産を引き受けてきた。
 50歳になるインチャンは「私だって、もっと若かったら引き受けていたね。なにしろ、この村の人たちはみんな貧しい。昼間稼いだおカネが、夕方には手元から消えてしまうほど貧しいのさ」と話していた。
 この、ちょっとした出産ブームも、商売となれば何でもありのタイでは、風変わりな仕事の一つぐらいにしか受けとめられてこなかった。口が悪い向きは「子宮レンタルビジネス」と呼んだりもする。しかし、現軍事政権は、このビジネスにストップをかけようとしているのだ。
 タイは、ビジネスとしての代理母出産を容認する数少ない国の一つである。だから、それが禁じられている国から子どもの欲しいカップルたちが代理母を求めてやってくる。
 ある推計によると、タイの代理母出産は年間数百件にのぼるが、これには外国人代理母による出産は含まれていない。多くは中国人らのケースだが、例えば中国人カップルが雇った代理母がタイに来て着床処置を受けた後、再び中国に戻って出産するといった具合だ。
 ところが、最近、生命倫理が問われそうなスキャンダルが発覚したりして、政府が注目するようになっている。この7月には、代理母の報酬を得てタイ人女性が双子を出産したのだが、1人はダウン症だった。依頼主のオーストラリア人夫婦は、ダウン症の子をタイに残し、もう1人の赤ちゃんだけを連れて帰った。この一件をタイのテレビ局がニュースとして報じた。
 生物学上の父親であるオーストラリア人のデビッド・ジョン・ファーネルがオーストラリアのテレビ取材に対し、「障害がある子が生まれる可能性がわかった段階で中絶してほしかった」と答えたのだ。「どんな親であれ、障害を抱えた息子は欲しくないと思う」と神経を逆なでするようことも発言した。さらに彼は、代理母出産を仲介したバンコクのエージェントに「料金を返してもらいたい」とも言ったというのだ。
 オーストラリアの報道機関は、ファーネルが1990年代に22件にのぼる子どもへの性的虐待の罪で収監されていた事実を暴き出し、父親としての適性に疑問を投げかけた。
 また、つい最近では、バンコクのアパートに十数人の代理母出産児がいることがわかり、タイ警察が踏み込んだ。いずれも日本人男性が父親だったことが判明したが、インターポール(国際刑事警察機構)は、その男性の動機や背景などを調べている。
 こうした「事件」を受けて、タイのコメンテーターたちが嘆いている。タイはすでに売春天国としての汚名を浴びせられているが、加えて、あるテレビキャスターの言葉を借りれば「アジアの子宮(the womb of Asia)になってしまった」と。
 代理母出産は、発展した国々の裕福なカップルたちが、立場の弱い貧しい人たちを搾取する仕組みだと指摘する声もある。パックオク村の公衆衛生責任者カイソーン・ボンマニイは「モラル浸食の象徴だ」といい、「人々がおカネに走っているシンボルなのだ」と付け加えた。
 タイ当局によると、タイにおける代理母出産の成功報酬は1件がざっと1万ドル(約100万円)。代理母バンコクで出産する場合は、無料の住まいが提供され、月々450ドル(4万5千円)ほどの手当がつくのが一般的だ。パックオク村周辺での代理母出産は、日本などリッチなアジア諸国からの依頼が多いという。
 村の人たちの間には、代理母出産を支持する声も少なくない。タイはまだ代理母出産を禁止したわけではないのに、代理母をあたかも魔女狩りのように扱うのはおかしい、と当局の対応に村人たちが憤慨している。
 「代理母出産のどこが悪いのさ。子どもが欲しいという人たちの手助けをしているだけなのに」と、42歳のパクソン・ツォンダは言う。彼女の娘はこれまでに2回、クリニックに卵子を提供し、1回につき1千ドル(約10万円)ほどの報酬をもらったという。「私も母親だから、子どもを欲しがっている人の気持ちがよくわかる」と話す。
 代理母出産のニーズが世界で最も多いのはアメリカである。そのアメリカ人のカップルにとって、タイは安い報酬でニーズを満たしてくれる国なのだ。そしてタイの国自体がこれまで、いわゆる「メディカル・ツーリズム(医療観光)」のプロモーションに力を入れてきた。アジアでは、タイ以外にインドだけが代理母出産を容認しているが、インドは同性カップル代理母を雇うことを禁止している。このため、同性カップルによる代理母出産依頼のようなケースはもっぱらタイが引き受けている。
 タイにおける商売としての代理母制(commercial surrogacy)は、実際のところ、グレーゾーン(あいまいな領域)で営まれている。現状では、それを禁じる法律は無いけれど、クリアすべきハードルはある。タイの法律では、子を産んだ生物学上の母が母親とみなされるから、依頼主がその子の親になるには、代理母が親権を放棄する手続きをとらなければならない。この点に係争の可能性が残る。(抄訳)
(Thomas Fuller)
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