不幸の個別化と「聴きだすけ」

http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/shinran/27736.html より転載
第6章大震災宗教の使命 (5)被災地の僧侶
(2011年4月23日午前9時42分)
復興へ心込め「儀式」


 福島第1原発から西へ約45キロ。福島県三春町は日本三大桜の一つ「三春滝桜」で知られる山あいの町だ。ここには今、原発から20キロ圏内の富岡町大熊町から約450人が避難、放射性物質の拡散におびえて暮らす。
 鎌倉時代から続く名刹(めいさつ)、臨済宗福聚寺住職の玄侑宗久さん(54)は、2001年に「中陰の花」で芥川賞を受賞。生と死や宗教をテーマに執筆活動を続けている。大震災を受け各メディアで被災地の「今」を発信。復興策を練る政府の「復興構想会議」の委員も務めることになった。
 玄侑さんは古里の惨状を「津波で何もかも流された宮城や岩手が『底についた』とすれば、原発事故も加わった福島はまだ『底が見えない』」と表現する。


 「仏教が説く受容力のせいか、日本人は自然災害を受け入れる能力は高いが、原発事故という人災はそう簡単ではない」。国や電力会社の対応に憤りをあらわにする。
 玄侑さんは、原発の水素爆発後、気象庁の分析による放射性物質の拡散予測データが伏せられてきたことを問題視する。「不安をあおらないということかもしれないが、隠されると疑心暗鬼を生む」。政府は「直ちに健康に影響を与えるものでない」と発表する一方、当初、農産物の出荷制限は大ざっぱすぎて混乱を招いた。「正確できめ細かい情報が必要」と訴える。
 「今後大量に出る核廃棄物については、ガラスで固化して30〜50年冷却し、300メートルより深く地中に埋めなくてはならない。果たして可能なのか」。今回の事故は原発の在り方を考える転機。一方で「技術はどうしても“欲望”化する。仏教は欲望を捨てることを説くが、現代のわれわれにとって、ほどよいところを見極めなければ」。戦後の日本人の生き方や文明そのものが問われているとする。


 原発事故によって被災者の「形」は複合化、多様化している。
 時折足を運ぶ避難所には、家を流された人、原発から逃げてきた人、放射性物質拡散の影響で行方不明の身内の捜索ができない人…、さまざまな悲しみが横たわる。「玄侑さん、何か話してください」と頼まれることもあるが「不幸の形がそれぞれに違い、全員に向かって大上段に話せることはない」。僧侶として無力感を感じる。
 今できることは「聞く」ことだけだと思う。「『語る』ことが宗教者の役割と思われるかもしれないが、個別に『聞く』ことで悲しみが形を取り供養など次の段階に進めるだろう」と話す。


 「今、この国には、むき出しの、形を持たない純粋な祈りがあふれている」。被災地では多数の犠牲者が長期間安置され、遠くの火葬施設まで運ばれたり各地で土葬も行われている。供養も満足にできない状況にあり、国民はこの惨状にただ祈ることしかできない。「儀式化されない、祈りの原形というべき日本人の心の有り様は苦しむ人々の支えになる」
 自衛隊員が棺を埋葬した後、一列に並び、そろって敬礼する。「儀式がない中で儀式にも似たその行動が遺族の救いになっている」。僧侶として心を込めた儀式こそ復興の足がかりなのだと思う。


*「不幸の個別化」が進行すると、「語る」言葉は失われて、相対的に「聴く」ことの重要性が増すのでしょう。