ホモソーシャリティ?

 上野さんの「女ぎらい」を読んだり、今年の日本社会学会のセクシュアリティ部会に出席して思ったのは、日本のジェンダー研究者はセジウィックの文芸評論とホモソーシャリティ概念を過大評価しているのではないか、ということです。上野さんご自身が指摘なさっているように、セジウィックの理論が現実を説明できなくなれば、当然理論の側を改訂しなければなりません。そして、現代日本はもうその段階に到達していると思います。
 精神科医中井久夫さんは、日本にはホモセクシュアル・パニックはないとおっしゃいます(「治療文化論」)。もちろんホモセクシュアル・パニックをどう定義するのかにもよるのでしょうが、少なくとも類似の現象は日本にも存在します。セジウィックに依拠しながら、上野さんは「男性のホモソーシャルとホモエロティカルには非連続性があるが、女性の場合は連続している」とおっしゃいます(「女ぎらい」)。しかし、下記のブログに引用しておいたように、少なくとも現代日本の女性には、「レズビアン・パニック」が存在します。
 私たちはそろそろ、日本社会の現実に足をつけて、セジウィック(および彼女に依拠する上野さん)の理論的枠組みを乗り越えることを考えるべきではないでしょうか?

http://d.hatena.ne.jp/kkumata/20071219