男性学者(?)の言い分

 私事で恐縮ですが、私は、主要な専門は宗教社会学で、もう少し詳しく名乗るときも、専門は宗教社会学・文化社会学ジェンダー研究としています。「男性学者」を名乗ったことは一度もありません。個人的には、一つの学問分野が成立するには国内で専門研究者が少なくとも100人は必要だと考えており、日本の「男性学」はまだその要件を満たしていない、と考えているからです。
 しかし、最近はマスメディアからの取材も、宗教に関するものよりも「男性学」に関するものが増えました。「男性学」に手を染めたときから、「保守には叩かれ、フェミには突き上げられる」茨の道になることは、先駆者で大先輩での伊藤公雄氏(京都大学)を見ていれば容易に予想がつきました。実際に、「2ちゃんねる」では罵倒され、他方「ジェンダースタディーズML」の「フェミニスト」には、公共媒体で、「吐き気がした」以下あることないこと書かれたり、「どん引きした」と書かれたりしています。
 「茨の道」なのに「男性学」に手を染めている理由はふたつです。ひとつは、自分にとってそれが実存的テーマで、当事者研究だからです。上野千鶴子さんの「男性に女性学をしてもらう必要はない。男性には男性学をしてほしい」という提言は、至極ごもっともだと思います。もう一つの理由は、義務感です。「男性学」は、日本の大学では専門講座が皆無に近く、「食えない」分野なので、若手が育つ可能性は低いです。そういう状況では、もう既に大学に終身雇用権を獲得した人間が研究するしかない、と考えているからです。