認知行動療法とカルヴィニズム

 ちなみに精神医学の二つの伝統、すなわち正統精神医学と力動精神医学との源流は、いずれもこの時代(熊田註;ヨーロッパの近代)に発している。正統精神医学は労働によって精神病者を癒やそうとした十七世紀オランダの「カルヴィニズム」医学に遡れるものである。この伝統はブールハーフェから発してスコットランド学派、アメリカのラッシュ、フランスのピネルとエスキロール、イギリスのテューク家、ドイツのグリンジンガーから現代の認知行動療法研究者に至るものである。なお英国において精神科医の多くは今日なおカルヴィニスト(長老派)の国スコットランド人であり、精神病院の看護士にはフレンド教会員(“クェーカー教徒”)が多いことを言っておこう。
 エランベルジュの『無意識の発見』にみるごとく、力動精神医学の源泉のほうは、はるかに奥深く、暗く、曖昧な流れの中にある。磁気術師メスメルは十八世紀の啓蒙とロココ時代精神に自分を合わせていったけれども、出発点は占星術とオカルト科学の世界であった。同じく代表的な磁気術師ピュイゼギュールの出自はいっそう奥の層である。樹木崇拝を行っていた、キリスト教以前の森の文化である(中井久夫「アジアの一精神科医からみたヨーロッパの魔女狩り」『徴候・記憶・外傷』みすず書房、2004年(英文初出1979年)、p385)。


認知行動療法は、良くも悪くも近代合理主義の産物なのでしょう。近代日本の宗教学や精神医学には、「キリスト教中心主義」、より正確には「プロテスタンティズム中心主義」があったと思います。イギリス政府が、「心理療法を身近に」キャンペーンを行い、認知行動療法に国家的お墨付きを与えたことも、イギリスがプロテスタント、中でもカルヴィニズム(「長老派」)の社会的影響力の強い社会であることと無関係ではないと思います。