労働と休息

 私が強い感銘を受けたのは前近代労働、具体的には山林伐採の老練な労働者たちであった。彼らはアルバイターの私の性急さを戒めつつ、ほとんど禁欲的なほど小さな歩幅で膝を高く挙げて山道をゆっくり登った。十分「食休み」を取り、最後まで汗をかかないで仕事を終えて山を下った。長老格の人の話は面白く、若者を退屈させなかった。
 ところが患者は、世慣れぬためか、見とがめられることを恐れる心の習慣からか、とにかく、このようにきめ細かに休息を織り込んだ労働は苦手のようだ。むしろ、彼らは休息が不得手で、そのために結果的に働けないと言ったほうが当たっている。実際、休息時間も、仕事のあとも、緊張がつづいている(中井久夫「働く患者」『世に棲む患者』ちくま学芸文庫、2011年(初出1982年)、pp54-55)。


現代日本の「気働き文化」は、歴史的にはおそらく平地農民の文化からきたものでしょう。