なでしこ報道で露呈した女性観

日経ビジネスオンライン』2011年7月28日号 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110726/221679/ より転載
なでしこ報道で露呈した“ニッポン”の未熟な女性観
男性社会の自覚なき“刃”が女性を働きにくくする


 「結婚したいですか?」
 「彼氏はいますか?」
 「将来、子供は欲しいですか?」
 会社で聞いたら、即問題視されそうな質問を、戸惑うことなく口にするテレビ番組のリポーターやキャスターたち。
 「金メダル取って、もてるようになりましたか?」という質問を、柔道家塚田真希さんやレスリングの吉田沙保里選手にしたVTRを流し、スタジオで笑う人々。
 いったい何なのだろうか。不愉快な気分になった。そう、女子サッカーのワールドカップで初優勝を果たし日本中に勇気と元気をくれた、なでしこジャパンのメンバーが帰国後、テレビ出演した時のことである。
 「女性だけのチームをまとめるのって、大変でしょ?」
 「オヤジギャグは、女性の心をつかむため?」
 「全国の女性部下を持つ上司たちが、監督のノウハウを知りたがってるでしょ」
 佐々木則夫監督にも、ん? という質問ばかりが繰り返された。 
 え〜っと、つまり、女性部下は扱いにくいってことなのか? いやいや、そんなことは言ってないか? ううむ。でも、サムライブルーが凱旋した時には、岡田武史監督にこんな質問しましたっけ?
 「男性のだけのチームをまとめるのって、大変でしょ?」なんて、ね。
 「結婚したいですか?」、「彼女はいますか?」なんて質問が、サムライブルーのメンバーに投げかけられた記憶もない。
 同じサッカー、同じ凱旋、同じように日本中に勇気をくれた、一流アスリートだというのに、あまりに違いすぎやしないだろうか。


なでしこジャパンへの質問に見え隠れした価値観


 「人となりが分かっていいじゃないですか。彼女たちも若い女性なんですから、みんなも知りたいじゃないっすか〜」
 こんな反論が聞こえてきそうである。実際に、多くのメディアが、街の人や子供たちに、「なでしこジャパンに聞いてみたいことありませんか?」と聞き、そこから出てきた質問をスタジオで展開していた。あたかもすべての人たちが、そのこと“だけ”を知りたがっているかのように、だ。
 いかなるインタビュー素材も、VTRを編集した時点で、作り手の価値観のフィルターに通される。すなわち、視聴者の実際の声であっても、それは“作られた事実”だ。
 もちろんサッカー選手だからといって、サッカーのことばかり聞くよりかは、雑談を交えて、人間的な部分が垣間見えた方が視聴者との距離も縮まることもあるだろう。
 だが、明らかに雑談のレベルを超えていた。出演時間のほとんどが、「結婚」「彼氏」「女性だけの……」といった、質問に費やされたのだ。
 そんな低レベルの質問が繰り返される背景には、「サッカーは男性のスポーツ」、「女性のゴールは結婚」、「女性ばかりは大変」といった価値観が見え隠れする。だが、質問を容赦なく浴びせる人たちは、そのことに微塵も気がついていない。
 社会に長年存在した価値観や、外部から刷り込まれた価値観は、時に自覚なきものとなる。何気ない一言や、何気ない行動には、自分が自覚していない価値観が反映される。そして、その自覚なき価値観が、時に、“刃”となって、他人を傷つける。
 先日、厚生労働省が発表した都道府県雇用均等相談室への相談件数は2万3000件超。うち5割以上が、セクハラだった。結婚、妊娠、出産などに伴う不当な扱いが、それに続いた。
 この数字にも、無自覚の価値観が反映されている、とは考えられないだろうか?
 そこで、今回は、「価値観」について考えてみる。
 日本でくだらない質問がサッカー選手たちに浴びせられる中、アメリカではエースストライカーのアビー・ワンバック選手とゴールキーパーホープ・ソロ選手がCBSテレビの人気バラエティー番組「レイトショー」に出演していた。
 彼女たちの出演時間は10 分程度。その大半が試合の話で、前回のワールドカップとの違いや準決勝のブラジル戦に関する話題に7分ほどが費やされた後、残りの時間はなでしこジャパンとの決勝の話で盛り上がった。
 番組は選手たち主体で会話が展開された。話題が決勝戦に及んだ時には、宮間あや選手と友人だったソロ選手が(アメリカのプロリーグで同じチームに所属していた)、試合前に「お互い楽しもう」とメールを交換したことを明かした。そして、試合後、宮間選手が負けたアメリカ選手の気持ちを気遣って喜びをあらわにしなかった態度を称賛した。
 「試合後、彼女はすぐに私のところにやって来てくれて、互いに労をねぎらったの。でも、彼女は喜びをあらわにしていなかった。なぜなら、彼女は私たちが負けてどれほど傷ついたか分かっていたから。だから、私は言ったわ。『もっと喜んで! あなたたちは素晴らしかったのよ!』ってね」
 そして、最後。日本ではたいてい番組の締めは、「このあと何をやりたいですか?」「今後の抱負は?」と聞くのがお決まりのパターン。一方、この番組では最後までサッカーだった。
 何と、スタジオの外に出て、目の前の道路をゆっくりとしたスピードでドアを開けて走るイエローキャブの車内めがけて、シュートを放つという荒業に挑んだのである。
 見事“乗車”させた選手に、沿道の人たちから歓声が湧き、拍手喝采トークもサッカー、締めもサッカー、サッカー三昧で選手たちの魅力を引き出し、番組は終了したのである。


日本とは対照的だったアメリカの報道


 タクシーに向かってボールを蹴るという演出が、いいのかどうかはよく分からない。でも、動いている的に“乗車”させる“さま(様相)”を見せるなんてことは、映像にしかできないこと。何でもかんでも、フリップに書き込ませる日本とは、えらい違いだ。
 わずか10分程度の出演ではあったが、選手たちは、イキイキとワールドカップのことを話していたし、おしゃれをして出演している選手たちに、「ピッチの外では、女性だね」なんてことを言うことも、ネイルがどうだとか、アクセサリーがどうだとか、しつこく聞くこともない。
 結婚していないソロ選手に、一度たりとも、「結婚したいですか?」「子供は欲しいですか?」なんて質問をすることもなかった。見ていて楽しかったし、あきなかったし、ワールドカップの試合ってすごいんだなぁ〜って感動したし、彼女たちの人間性も感じ取れた。とにもかくにも、彼女たちのすごさが分かる番組だったのである。
 それ以外のテレビ番組や新聞などでも、アメリカ代表のメンバーたちの試合に関するコメントがたくさん登場していた。
 1つひとつの試合、1つひとつのプレーについて、語られたコメントの中には、「日本の選手たちは、最後まであきらめなかった」、「日本の選手たちは、彼女たちのサッカーのスタイルを信じて、最後まで戦っていた。新しい女子サッカーの息吹を感じた」といった、日本を称賛するものも多く報じられていた。
 アメリカ代表の選手も、彼女たちのコメントを伝えるメディアも、なでしこジャパンのメンバーをねぎらい、感謝していた。海の向こうのメディアの方が、よほど「なでしこジャパン」に一流のアスリートとして敬意を払っていたのである。
 そこには、「サッカーは男性のスポーツ」、「女性のゴールは結婚」、「女性ばかりは大変」といった価値観はない。彼女たちは、本物のヒーローだったのである。
 だが、そんなアメリカにも、かつては、「女性の最大の喜びは結婚と出産。男のスポーツであるサッカーをするなど、とんでもない」というのが世間の価値観だった。
 1920年代初頭のヨーロッパで、「サッカーは女性には不向きなスポーツ」として、女子サッカーの試合が事実上、禁じられたように、アメリカにも、サッカーをする女性たちを異端視する世間の価値観と長年戦ってきた歴史がある。
 サッカーマム(Soccer mom)。これは、アメリカの女子サッカーを大きく変えたと言われる、アメリカ女子代表チームの元キャプテン、カーラ・オーバーベック選手のあだ名である。
 1990年代から2000年代前半にかけて活躍したオーバーベック選手は、既婚者で、子供もいた。妻として、母として、そして、最高のアスリートとして活躍することで、「結婚しても、子供がいても、サッカーはできる。『社会が受け入れてくれさえすれば』、仕事も家庭も両立できることを、自ら証明した。
 女性アスリートが、結婚して子供を持って活動するには、本人の頑張りだけではなく、家族や夫、さらには、社会の理解が大切であることを自ら訴えたのだ。
 ちなみに、1999年のワールドカップアメリカ代表選手は、20人中7人が既婚者、2003年の時には、20人中15人が既婚者だったそうだ。


依然として結婚や出産を機に辞める日本の女性たち


 日本は世界的に見ても、女性が「結婚すると仕事を離れる」傾向が顕著である。
 先月、厚生労働省が発表した男女共同参画白書の2011年版によれば、20〜24歳の日本の女性の労働力率は71.9%で、スウェーデンの70%、米国の69.7%、ドイツの68.7%を、上回っている。
 ところが、30〜34歳では逆転し、スウェーデン87.8%、ドイツ76.4%、米国74.4%と、20〜24歳の頃より上昇しているのに対し、日本は68.0%まで低下している。以前から、日本は結婚適齢期から子育て期に労働率が下がる「M字カーブ」という現象が問題視されていたが、いまだにその状態は改善されていないのだ。
 また、育児休暇を取る女性は増えているが、出産を機に退職する女性は少しも減っていないことも明らかになった。
 連合(日本労働組合総連合会)が、就業経験のある18歳〜59歳の男女1000人を対象に行った調査でも、「結婚、育児、出産、子育て」が女性の離職原因の約64%を占めており、結婚、出産後の女性が働き続けることの難しさが改めて浮き彫りになった。
 さらに、こちらの調査では結婚、育児、介護などで「職場で不利益な扱いを受けたか」という質問には、産休や育児に対して約1割前後が不利益を受けたと回答している。
 なぜ、多くの女性たちが、結婚や出産を機に辞めてしまうのか? いつまでも会社を辞める理由のトップなのか。なぜ、M字カーブがなくならないのか?
 多くの会社で出産休暇や育児休暇が取れる制度が整い、結婚しても、出産しても、仕事が続けられる仕組みは出来上がっているのに、だ。
 もちろん本人が、「子育てに専念したい」「結婚したら辞めたい」と、自ら選択した人もいるだろう。だが、本当は「続けたい」と願っている人に、働きたい意思をも揺るがす、刃が向けられた可能性はないだろうか。
 「結婚は?」、「子供は?」、「彼氏は?」と、なでしこジャパンのメンバーに、容赦なく質問を浴びせたように、「仕事と家庭の両立は難しいでしょ」「子供が小さい時は、母親は一緒にいた方がいいよね」などと、あたかもそれが“常識”のごとく浴びせられる言葉。「やっぱり辞めた方がいいのかなぁ」と本人の気持ちを萎えさせるような、何気ない一言や態度。
 “刃”は存在している。私には、そう思えてならないのである。
 私も、「結婚されているんですか?」と聞かれることが度々ある。聞かれるのは一向に構わないし、恐らく聞く方も、ただ聞いてみたかったから聞いただけなのだとは、思ってはいる。
 だが、「いいえ、してません」と答えると、「忙しくて恋愛とか、結婚とかできませんよね」とか、「男性の方が敬遠しちゃって、結婚なんてできませんよね。ガッハッハ」などと、言われることがある。
 ん? 世の働く男性は、ヒマな人しか結婚していないのだろうか。ヒマな人しか、彼女はいないのだろうか?
 もし、私が男だったら、「忙しくて恋愛とか、結婚とかできませんよね」とか、「敬遠しちゃって、結婚なんてできませんよね。ガッハッハ」などと、言われることはないはずだ。
 価値観には、自覚されているものと、自覚されていないものがある。自覚されている価値観とは、自らの経験を通じて形成されて、無自覚な価値観は、社会に既存の価値観であることが多い。
 親の考え、子供の時によく見たテレビや雑誌に描かれていたこと、周りの人がよく言っていたこと。そういったものが、自分でも気がつかないうちに、あたかも自分の考えのように刻まれていく。
 無自覚の価値観。それが、ん? と、引っ掛かる一言を引き出し、異なる価値観の人を傷つける。
 恐らく日本社会の「女性」に対する価値観は、過渡期にあるのだとは思っている。でも、くだらない質問が公然と繰り広げられる事態を目の当たりにして、「本当に変わるのか?」と不安になってしまったのも、また事実。
 あと10年後、いや、20年後には、M字カーブはなくなり、多くの男性が育児休暇を取り、女性アスリートたちは子育てをしながら活躍し続け、いま元気にピッチを走り回っているサッカー少女たちに、「結婚は? 彼氏は?」といったアホな質問を浴びせることもなくなるのだろうか。
 そんな世の中を、私たちは作ることができるか。いま一度、考えた方がいい。


ダイバーシティーを語ったトップが漏らした“本音”


 男と女は、同じでない。生き方にも、考え方にも違いがあって当然である。だが、「自分のやりたいこと」が、性差によって阻まれることは、あってはならないと思う。
 そのためには、政府が推進しているポジティブ・アクションのように「人数を増やす」だけでなく(ちなみに2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%にすることを目標にしている)、私たち1人ひとりが、自分の価値観を自覚し、ゾンビのように社会にへばりついている価値観に流されないように何度でも立ち止まり、自分の価値観と照らし合わせなくてはならない。
 いかなる価値観であっても、自覚さえされていれば、むやみに人を傷つけることはない。無自覚の価値観だから、ためらいのない無責任な言動となり、刃となるのだ。
 その覚悟を、私たちは持つことができるのだろうか。
 以前、取材させていただいた会社のトップの方は、さんざんダイバーシティーだの何だのと語り、そこにいた部下に、「何でうちの会社には女性の役員がいないのかね。私は、女性を積極的に登用しなさいって、散々言ってきたつもりだけどね〜」と語った。ところが、その後に一緒に乗ったエレベーターで信じられない一言を言い放った。
 一緒に乗り合わせた女性社員が先に降りた時にこう言ったのだ。「あれはうちの社員か? 女は3歩下がってついてくる、って言葉を知らんのかね」と。
 さて、女性役員が一向に増えない理由が分かりましたね。ウソのようなホントの話。これが今の日本の現実。自覚なき価値観、恐るべし。