石原都知事の同性愛差別発言

http://jp.wsj.com/US/Economy/node_179629 より転載
【肥田美佐子のNYリポート】米人権団体が石原都知事の同性愛差別発言に「ノー」



 「日本:東京都知事は、同性愛者差別発言を撤回すべきだ」――。
 米東部時間2月1日午前零時過ぎ、ニューヨーク本拠の米主要人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)から、こんなタイトルのプレスリリースが受信ボックスに飛び込んできた。一瞬、「Japan」「Governor(知事)」「Homophobic Comments(同性愛差別的コメント)」の4語に目がクギづけになる。
 同プレスリリースによると、昨年12月、石原慎太郎都知事は、2回にわたって、同性愛者への差別的発言を行ったという。1度目は、12月3日。都議会に再提出された、漫画・アニメ産業の規制を目的とする東京都青少年健全育成条例改正案(15日に本会議で可決し、成立)について、こうコメントした。
 「子供だけじゃなくて、テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は、野放図になりすぎている」
 全米屈指のシングル男性が住みやすい街、ニューヨークで、ゲイ男性の友人や同僚、クライアント、マンションの住人(いずれも、その事実を公にする“カミングアウト”をしている)に囲まれ、日々過ごしている筆者からすれば、思わず耳を疑うような時代錯誤的偏見だ。しかし、石原知事の「脱線」は、さらに続く。7日、このコメントの真意を記者から尋ねられ、こう答えたという。
 「どこか、やっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ。(サンフランシスコで)ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする」
 この発言もさることながら、驚いたのは、毎日新聞以外、日系メディアのほとんどが、このニュースを問題にしなかったことだ。日本を背負って立つ「国際都市」であるはずの東京都のトップが、これほどの「失言」をしたにもかかわらず、である。仮にニューヨークの州知事が、こうした「反PC」的発言をしたら、メディアがこぞって取り上げ、辞任に追い込まれるのは想像にかたくない。PC(ポリティカル・コレクトネス)とは、人種、性別、国籍、宗教、性的志向などの点で、差別的表現をしないことを指す。
 一方、同新聞の記事を伝えるブログなどをツイッターで見ると、何百というつぶやきがなされている。そのほぼすべてが、石原知事への強い批判や抗議を示したものだ。「政治家が、こんなPCからズレまくった発言をしても生き残れるのは、日本だけだ」「この発言が(ニュースなどで)問題視されないのが問題」「石原氏が3選されているということは、こうした差別意識が日本の縮図なのか」――。このつぶやきを見るかぎり、依然としてカミングアウトがタブー視される日本でも、若い世代を中心に同性愛者への人権意識が進んでいることが分かる。
 対する米国でも、州の憲法や法律で同性婚が認められているのは5州にすぎないが、同性愛者への理解は確実に高まっている。ニューヨークやカリフォルニアなどの大都市では、カミングアウトなど日常茶飯事だ。先日も、あるイベントではちあわせした知り合いの米国人男性広報担当者(30代)が、連れの20代のイケメン男性を「ボーイフレンド」だと誇らしげに紹介してくれた。保守系ニュース専門局、フォックス・ニュース(2月1日付電子版)によると、1月の複数の最新調査で、いずれも約6割のニューヨーカーが、同性愛婚を支持しているという。もちろん、世代が若くなるにつれ、理解は高まる。三大ネットワークのひとつ、CBSニュースが昨年夏に行った調査によれば、同性愛婚に賛成する人は40%にとどまるが、30歳未満の層では57%に上った。
 2月1日には、ブッシュ前大統領の娘であるバーバラさん(29)が、全米最大のLGBT(ゲイ、レズビアンバイセクシャルトランスジェンダー)権利擁護団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」のビデオに出演。自らを「婚姻の平等を支持するニューヨーカー」だと宣言し、同性愛婚への理解を訴えた。ブッシュ前大統領は反同性愛婚を唱えているため、「親子の断絶」を伝える記事が紙面やウェブをにぎわせた。報道によると、バーバラさんは、母校のエール大学や居住地であるマンハッタンで、ゲイの友人などに「囲まれる」日々を送ることで、同性愛への理解が深まったという。
 ゲイやレズビアンの男女を主人公にしたテレビドラマなども多い。保守的な中西部での男性同性愛者の悲恋を描いた『ブロークバック・マウンテン』(2005年、アン・リー監督)は、当初の予想を超え大ヒット。06年のアカデミー賞で最多8部門にノミネートされた。筆者もタイムズスクエアの映画館に足を運んだが、同性愛男性のカップルが、養子に迎えた赤ちゃんを乳母車に乗せて仲むつまじく見にきていたりと、米国の懐の広さを改めて感じたものだ。
 企業間での理解も進んでいる。昨年6月、グーグルは、既婚社員に認められている扶養家族への医療保険手当ての免税措置をゲイやレズビアンの社員にも適用すると発表。内縁関係にあるパートナーへの医療保険手当てに対しても免税を認めるという画期的な方針を打ち出した。生き馬の目を抜くようなシリコンバレーでは、優秀な人材獲得のためにも、グーグルの後を追う企業が増えそうだ。
 ひるがえって日本。HRWの「勧告」を受け、リベラル系人気政治オンラインマガジン「ハフィントン・ポスト」でも石原発言が取り上げられ、またひとつ「日本の政治家の常識は世界の非常識」という認識を強めてしまった感がある。
 東京を電車の終夜運行などで「24時間都市に変えて国際競争力を高める」(猪瀬副都知事)のもいいが、まずは「国際都市」の名に恥じないPC意識の向上が先決だろう。