アルコール依存症と男性性(1)

 入院中、重要なのは、文化祭とか何かの催し物で役につけないことだ。あくまで平(ひら)で参加してもらう。いろいろ気の利いたことができるので、つい使ってしまうが、こうした患者は、外での劣等感を内で威張り人を使うことで代償しようとする。この味を覚えると、治りがぐっと悪くなる。部屋の責任者にするとボス化したりする。
 その代わり、奇装をしたり、髭を立てたりすることは認める。髭は立てたら剃らないように勧める。これは男性の象徴である。これを簡単に母親や妻の『何よ、むさくるしい』という台詞で剃ってしまうことが多い。こういう去勢的な台詞を家族に止めておくのが重要である。実際、ヒゲを立てた患者の予後は一般によい。
 退院の時には、『酒を止めたということを友人にいわないようこと』と言う。実は気がつかれるのが意外に遅いことを味わってもらう。それほど、他人は自分に関心を持っているわけではないという現実を体験してもらうことだ。耐えられなくて言ってしまう人は、どうも予後が悪い。(中略)
(前略)妻が『このごろ性が強くて困ります』と言えば、『一時です』という。アルコール庄のインポテンスは、生理的なものだけではないと思う。酩酊の時には非常に自己中心的になっているーあかごのようにというべきかーので、自分を性的に開くことができず、相互性のない。力尽くの性になりやすく、ここどアルコールの作用による弱さが露呈するのだと思う。そして例の劣等感、恥が顔を出して、性的接近を避けるようになるのだろう。恥辱感による悪循環(熊田註;恥ずかしいからますます飲むこと)から救われたら何とでもなる。かなりの年寄りでもできることである。生理的衰微は、相互的接近では充分カバーできると思う」(中井久夫中井久夫著作集5ー精神医学の経験』岩崎学術出版社、1991年、pp.107-108)


*飲酒を宗教的に禁じているイスラーム圏の男性がしばしば髭を立てるのは、精神衛生上意味あることなのかもしれません。