「勝ち組」の「生きづらさ」

 安倍元首相は、昨年度「体調不良」を理由に突如政権を投げ出しました。病名は公表されなかったけれども、過敏性腸症候群でしょう。安部氏に、「緊張すると下痢をする」持病があることは、首相就任前から知られていました。首相辞任直前には、外遊先までコックを同行させて、和食を食べていました。最後は、下痢によって国会の審議時間に耐えられなくなったのだと推測しています。病名を公表しなかったのは、公表したら選挙に負けて政治生命を失う、つまり現代日本の「すべり台社会」を転落して一気に「ただの失業者」になってしまうからでしょう。安部氏がネオリベ政策を推進しようとしていた当事者であったことは皮肉です。
 過敏性腸症候群は、現代日本ではすでに「10人に1人」と言われるくらい、ありふれた病気です。TVCMで、「○○社のストッパーは効きます、子供用もあります」と薬の宣伝をしている、あの病気です。「命に関わることはない」という理由で医学界が軽視しているうちに、先進国では患者が急増して、労働者の生産効率が著しく落ちているという理由でもはや社会問題になっています。現時点では決定的な治療法はありませんが、現代人が三食栄養バランスに優れる和食を食べて、晴耕雨読のゆったりした生活をすれば、治るであろう、と言われています。過敏性腸症候群を抱える人に、総理大臣のようなストレスフルな職務はつとまりません。新自由主義社会「勝ち組」の人たちは、「勝者の代償」(ロバート・ライシュ)を支払わなければならないのです。
 雨宮処凛萱野稔人「生きづらさについて」光文社新書(2008年)を読みました。フリーターもニートも、アダルトチルドレンリストカッターも、「新自由主義社会における生きづらさ」という一点で「自己責任」を超えて連帯できる、という主張はもっともだと思います。しかし、雨宮や萱野に欠けているのは、ネオリベ「負け組」だけでなく、「勝ち組」もまた、やはり切実な「生きづらさ」を抱えているのではないか、と考えてみる想像力です。新自由主義は、国民を「不安定雇用かSSRI心身症の治療に用いられる抗うつ剤・安部氏も服用していたでしょう)か」に分断する仕組みであり、「勝ち組」をも説得しなければ、変えることは困難だと思います。雨宮処凛氏には、社民党や「週刊金曜日」にコミットする(政治利用されているようにも見えます)ことに自足することなく、自民党民主党の懐に飛び込むくらいのことをしてほしい、と思います。

 もしも、抗うつ剤SSRIを使用禁止薬物にしたら、先進国の政府は「ワーク・ライフ・バランス」(日本政府は「仕事と生活の調和」と訳していますが、「仕事と命の天秤」と訳すべきでしょう)にもっと本腰を入れるでしょう。デヴィッド・ヒーリー著「抗うつ剤の功罪」(みすず書房、2005年)によれば、アメリカでは1700万人がSSRIを服用し、全世界の消費量の70%を消費しているそうです(20%はEU、10%は日本)。マルクスの「宗教は阿片」という言葉をもじって言えば、SSRIは、「グローバリズム『勝ち組』の阿片」ではないでしょうか。