走るなメロス

http://digital.asahi.com/articles/ASH9966HWH99PTFC016.htmlより転載


 子ども向けの物語は、教訓的で美談が多いように思うのですが、私は美談の中に潜む偽りを警戒します。それは戦争体験があるためかもしれません。
 たとえば、「走れメロス」。メロスは、王が乱心して人を多く殺し、人民を苦しめていると老人から聞いただけで激怒し、裏付けもとらないで「僕がいさめる」と刃物を持ったまま城に入って捕らえられます。
 そして、自分が捕まっているのに、妹の結婚式に婚礼衣装を届けたいからと、その間の猶予をもらうため、竹馬の友を指名して身代わりをいいつけます。これも、親友を危険な目に遭わすのではなく、本来なら婚礼衣装などを届ける役を友達に頼むのが正解なのではないでしょうか。私には、メロスが自分勝手な人間にうつります。美談は怖いです。そして一般に、人々は美談を好みます。
 でも、戦争から時間がたってしまった今の世代には、特に何かを読み取るとき、物事の前後を考え、疑い、そしてまた疑い、自分で考えることを忘れないようにしてほしいと思います。


*戦争が男性のホモソーシャルな絆を利用することを、直感的に見抜いているのだと思います。