鷲田清一氏の母性論

 いまのような話をしたときに、四十歳くらいの女性にこっぴどく叱られました。「そんなのは、子どもの立場です」って。
 その人の場合、子どもが大きくなって、やっと手がかからなくなったときに思ったのは、「よくも自分はこの子をこれまで、殺さずにきた」ということ。「そういうもんですよ、無条件に子どもを愛するとか、肯定するとか、そんなもんじゃないですよ」と言われました。
 うーん、なるほどと思いました。この人は子育ての最中にどれだけストレスが溜まっていたのか。「この子がいなかったら、自分はもっと自由になれたのに」と、考え続けてきたのでしょう。
 それでもぼくは、さっきの無条件の愛の例を否定しようとは思わない。どんなに他人に裏切られても、まだ人が人を信じられるのは、自分も一度は肯定されたんだという思いがあるからですよ(鷲田清一「『家族』が重たいときに」『くじけそうな時の臨床哲学クリニック』ちくま学芸文庫、2011年(初出2001年)、pp.178-179)。