はじめての忠臣蔵

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201112060276.html より転載
〈はじめての忠臣蔵〉「虚構97%」、美意識の極み


 今年も忠臣蔵の季節がやって来た。始まりも終わりも知っているのに、ついまた見てしまう不思議な物語。300年以上にわたって人々を魅了し続けるそのわけは。


■注目


 ことの始まりは江戸城内「松の廊下」だった。現在の兵庫県にあった赤穂藩の若き殿様・浅野内匠頭(あさの・たくみのかみ)が元禄14(1701)年3月、幕府に仕える吉良上野介(きら・こうずけのすけ)に刀を抜いて襲いかかり、傷を負わせてしまう。「ご乱心」の理由には諸説あるが、時と場所をわきまえなかった内匠頭は時の将軍綱吉に命じられ、即日切腹。浅野家は取りつぶされ、赤穂城も追い出される。
 路頭に迷い「浪士」となった内匠頭の元家来のうち大石内蔵助(おおいし・くらのすけ)ら47人は雌伏の時を過ごしたのち元禄15年12月14日、吉良邸に討ち入る。上野介の首を掲げた浪士たちは一路、泉岳寺まで歩いて亡き殿の墓前に報告。46人は切腹して果て、物語が終わる。
 テレビ東京で時代劇の制作にかかわる佐々木彰プロデューサーは「本能寺や関ケ原には、そこから始まる物語がある。だが忠臣蔵はほろ苦さだけが残る。深い余韻があるのです」とその特徴を語る。


■オドロキ


 300年以上前の事件が今も人々の心をつかむのはなぜか。カギは人間くさい細かな逸話にある。
 例えば、リーダーの大石内蔵助が京都から江戸へ向かう場面。あだ討ちの意図を悟られないよう偽名を使って寄宿すると、同名の男に遭遇してしまう。だが男は内蔵助だと悟り武士の情けで見逃す。
 別の若い浪士は、討ち入りに必要な吉良邸の図面を手に入れるため出入りの大工の娘に取り入る。娘はあだ討ちの意図を見抜くが、愛した浪士のために図面を渡す。
 こうした苦難を経て本懐を遂げた浪士を待つのは切腹だが、大石の辞世の句は「あら楽や 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」と潔い。
 時代考証家の山田順子さんは、「大きな目的を達成するまでの過程に、人間関係の美しさや悲しさ、四季の移ろいといった日本人の美意識が凝縮されているのです」と人気の秘密を分析する。


■なぜ


 印象的な逸話は実話なのか。史実を研究する中央義士会の中島康夫理事長は「97%は虚構」だと話す。内蔵助の同名の男のくだりもそう。討ち入りの際に太鼓を鳴らすような派手さはなく、おなじみの雪も降っていなかったという。
 だが、命を賭して主君の汚名をすすいだサムライたちに江戸の庶民が熱狂したのは確かだ。浪士切腹の12日後に最初の芝居が上演されたともいわれ、今は歌舞伎で名高い「仮名手本忠臣蔵」が45年後に披露された。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が「忠君」や「あだ討ち」の考え方が民主化の妨げになると上演・上映を禁じたのも、その影響力を恐れたからだ。
 時代は史実のすき間で巧みに想像力をふくらませ、人間味あふれる華やかな物語を作り出してきた。多様な解釈と創作を許す懐の深さを武器に、忠臣蔵は今もエンターテインメントの世界に君臨している。(田玉恵美)
〈見る〉
 映画「元禄忠臣蔵」は名匠・溝口健二が松の廊下を忠実に再現。緒形拳主演のNHK大河ドラマ峠の群像」が最も史実に近いと義士会の中島さん。来月2日にはテレビ東京が「忠臣蔵 その義その愛」を放送。
〈読む〉
 代表的な小説は、大佛次郎赤穂浪士』(新潮文庫)。大河ドラマの原作にもなった。湯川裕光『瑶泉院 忠臣蔵の首謀者・浅野阿久利』(新潮文庫)は、内匠頭の妻が討ち入りを主導したという設定だ。
〈訪ねる〉
 浪士が眠る泉岳寺では毎年12月14日、義士祭が開かれ、供養に訪れる人でにぎわう。浅野内匠頭が自刃した屋敷跡にゆかりがある新橋の和菓子店「新正堂」の名物は「切腹最中」。おわびの品として人気だ。


■忍耐と勤勉、日本人キラー 放送プロデューサー・デーブ・スペクターさん


 吉良が憎いからって1年も同じテンションで待って、主人のあだを討つ。日本人にしか考えられない忍耐力と勤勉さだ。点が入らないサッカーの試合や箱根駅伝が人気なのにも通ずるんじゃないかって気がするよ。
 第一、アメリカ人の僕にすれば、廊下ですれ違って気に入らないことを言われたくらいで、あんなに怒るのはどうかと思う。結局、浪士は切腹し、なんのメリットもないと思っちゃう。ばれないように暗殺するわけでもなく、自殺を美化してるんじゃないかって気にもなるしね。
 でも美的感覚に訴えてくるのはよくわかる。雪の季節に、朝方のまだ暗いうちに討ち入る場面なんかは強烈な印象がある。何回見れば気が済むのっていうくらい日本人は好きだよね。この国におけるオペラの名作なんだね。
 忠臣蔵をモチーフにした映画がアメリカで作られてるよ。キアヌ・リーブスが主演するくらいだから、忠臣蔵はこれからも消えぬリーブス。なんちゃって。
 でも今の若い人たちは浪士のスピリットに共感できるのかなあ。大学に落ちたら「浪人」にはなるけどね。