赤と青と緑とヒト

 精神科医中井久夫氏は、「赤と青と緑とヒト」と題するエッセーで、「赤は脳が乱れる、青は冷静になる、緑は視線がずっと落ち着き、安らぐ」という色彩の相違による脳波実験の結果を紹介している(中井久夫「赤と青と緑とヒト」『アリアドネからの糸』みすず書房;pp.98-104)。
 そして、ヒトが青で冷静になるのは、「青空の鎮静力は、冷静に頭上の敵(熊田註;猛禽類)を探すのに、役に立ったであろう」、「緑は視線がずっと落ち着き、安らぐ」のは、「わたしたちの祖先が天敵がいない森の樹間を発見したときの記憶がしっかり残っていることか」と、進化心理学的説明を加えている。それでは、なぜ赤でヒトの脳は賦活されるのであろうか、つまり乱れるのであろうか。そもそも、ヒト以外の動物は赤色を認識しないそうである。例えば、スペインの闘牛で牛の興奮をあおるのに赤い布が使われているため、牛は赤いものを見ると興奮すると思われがちであるが、牛の目は色を区別できなく、実際は色でなく動きで興奮をあおっているのである。むしろ、赤い布で興奮するのは闘牛士の方である.
 この問題に対して、中井氏は二つの進化心理学的な仮説を提出している。ひとつは、人間が火を使う上で必要ではないか、ということである。しかし、これはなぜヒトだけが赤色を認識するのかを説明できても、赤で脳が乱れる理由を説明できない。もうひとつは、ヒトが年中セックスしている、ということである。しかし、これは赤を見て起きた脳の乱れを鎮めようとして、リラックスを司る副交感神経の活動が活性化され、その結果食欲や性欲が刺戟されるだけの話であり(ex.飲食店の赤提灯・売買春とかつての「赤線」)、赤を見て脳が乱れる理由の説明にはなっていない。
 赤が脳を乱れさせる理由として私が挙げたい進化心理学的仮説は、「人間は血を見ると平然としていられない」ということである。道具、特に旧石器時代以降、石器を使用し始めて以来、ヒトの同種を殺傷する能力は格段に増大した。血を見ても平然としていられる個体群は、進化の過程で殺し合いの果てに絶滅したのではないだろうか。逆に言えば、20世紀が「戦争の世紀」になった理由のひとつは、道具の飛躍的な発達によって、「血を見ないで済む大量殺戮」が可能になったことにあるのかもしれない。