アルコール依存症と男性性(2)

 アルコール中毒の治療には、入院が必要であるが、アルコール嗜癖でも、ひどい場合には入院して治療を受けさせなければならない。身体的にもその方が安全である。本人も周囲の人も努力しないと、治療することがむずかしい。結婚すれば治るだろうと、家族がはからうことがあるが、治療法としての結婚は(そもそも人権無視だが)、アルコール中毒の場合、けっして成功せず、夫婦とも不幸になる。
 周囲の人の注意としては、「恥をかかせない」ことが第一である。励ましも、辱しめの意味をもつことが多い。アルコール中毒の人は、一般に、恥に敏感である。周囲は「つい言いたくなる」が、それが役に立ったためしはない。恥の傷口に塩をぬられると恥から逃れようといっそう酩酊にのめりこむ。
 周囲の人は、しばしば酒をやめたひとをからかい「よくやめられたね」、「一滴も飲みたくないか」、「ときどき欲しいだろう」という。そのようなことは絶対に慎んでほしい。
 アルコール嗜癖から比較的治りやすい人は、
(1)家族や友人に見放されていない人(人間的魅力が残っている)
(2)趣味、特にがまんして待つ趣味をもつ人(釣りは魚がくいつくまで待たねばならない。つまりイライラに耐える力がつく)。男らしさを見せびらかすような趣味(猛犬を飼う、スポーツカーの運転をするなど)はあまり役に立たない。
(3)特定の理由で飲む人(苦手な場面をさければよい)。どんな種類の嫌なことがあったも酒びんに手を出す人は治りにくい。
(4)医者に通いつづける人(病気の自覚がある)
である。
 離婚され、友人もなく趣味もなく、何があっても酒にはしり、ひたすら酩酊を追求し、退院すると外来にこなくなる人の場合は、治るのがとてもむずかしい。なお、アルコール嗜癖の中には、分裂病・躁うつ秒・てんかんなどのために酒を飲む人が混じっている。もとの病気を治すと治る。このような場合があるので、専門医の診断が必要である。                                                                       (1976年)
中井久夫中井久夫著作集1巻ー分裂病岩崎学術出版社1984年、pp.326-327)


*「ヒゲを立てる」のはいいことだが、「内で威張り人を使うこと」や「男らしさを見せびらかすような趣味」は役に立たない、という治療のさじ加減が興味深いです。中井久夫さん自身の、「男性問題」についての立ち位置(positionality)がよくわかります。