補償的男性性としての<ヒゲ>

(熊田註;慢性アルコール中毒症の)治療の原則を、私は次のように考えている。
(8)退院後、夫婦仲がよくなって妻がみごもることは良徴である。性衝動が亢進してこまると本人か妻が訴えることがよくあるが、よく聞くとノロケであることが多い。配偶者が本当に困る時は一時的であると告げておく。患者が奇装したりヒゲをたてたりすることも少なくないが、家族には、これが良徴であることを告げる。「ヒゲをそれ」という周囲の圧力に抗する能力(剃髪圧力抵抗能力)と酒をのまずにいられる能力とは並行するようだ。間違っても母親や妻が剃らせたりしないようにいう。これは端的な「去勢」に近い意味を持ちうる。
(中略) 
 こう書いてくると家庭内暴力アルコール中毒と似ていることに思い至る。第一に、ともに、最初の行為には意味があるが、どちらも次第に、いかなる種類のいかに些細な欲求不満も飲酒に暴力に走らせる。母ないし妻の去勢的態度と忍従的態度の併存が悪化因子であることも似ている。そして、慢性化してから医師を訪れる。恥を中心に病理がめぐることも似ている。どちらも内面的になることがほんとうはあまり上手ではなく、言語表現も一本調子でうまくない。自分の身体にせよ、母や妻にせよ、貴重なものを破壊する倒錯的快楽という、蟻地獄の中に陥りやすい。ともにすぐ「追いつめられた」と感じる。(中略)ヒゲを立てたのが転機となったことも思い出す。息子のオス性にハッと気づいて母子の距離があいて安定したわけだ(中井久夫中井久夫著作集2ー治療』岩崎学術出版社、1985年、pp.160-162)。